脳「なるべく曲がらず、直進したい」
主任研究員で、MITのセンシブル・シティ・ラボラトリー(SCL)の所長を務めるカルロ・ラッティ(Carlo Ratti)氏は、本研究のきっかけについて、こう述べます。
「私は20年前、ケンブリッジ大学の大学院生だった頃、ほぼ毎日、滞在先の大学と学部のオフィスを結ぶルートを行き来するばかりでした。
しかし、ある日、行きと帰りで2つの異なるルートを歩いていることに気がついたのです。
一方のルートの方が効率は良かったのですが、私は2つのルートを行きと帰りのそれぞれに適応させていました」
ここから、人の脳は必ずしも最短ルートを選ぶようになっていないのではないか、と考えたそうです。
そこでラッティ氏と研究チームは、数年前に収集された、マサチューセッツ州のボストンとケンブリッジを歩いた歩行者の携帯電話から匿名化された1年分のGPS信号のデータセットをもとに調査を開始。
対象となったのは、1万4000人以上の約55万回の往復ルートで、徒歩で移動する際に人々がどのようにルートを選択しているかを分析しました。
その結果、歩行者は最短ルートではなく、少し長くなっても、目的地からの角度のずれが少ないルートを選ぶ傾向にあることが分かったのです。
言い換えれば、出発地と目的地を直線でつないで、その線からのズレがなるべく少ない、最も直線的に進めるルートを選んでいるということです。
しかし、最短ルートを行く場合、直線上から左右いずれかに大きく開くことが多々あります。
これは感覚的に目的地から遠のいている気がしますが、実際は効率の良いルートなのです。
同チームのパオロ・サンティ(Paolo Santi)氏は、こう説明します。
「この結果は、複雑な道路網を持つボストンやケンブリッジ、碁盤目状の道路レイアウトを持つサンフランシスコの歩行者にも当てはまりました。
私たちの脳は、最短距離を計算するのではなく、角度変位を最小にするようなルートを選ぶよう最適化されているようです。
たとえ大きな角度で移動したほうが効率的であったとしても、できるだけ目的地に向かって直進したいのかもしれません」
霊長類や哺乳類の脳の活動、とくに海馬の研究から、脳のナビゲーション戦略はベクトル(方向)の計算に基づいていることが示唆されています。
この種のナビゲーションは、スマホやGPSデバイスとは正反対です。
これらのデバイスは、メモリに保存されたマップをもとに、任意の2地点間の最短ルートをほぼ完璧に計算できます。
そうしたマップを持たない動物の脳は、場所を移動するために別の戦略を考えなければなりません。
ラッティ氏は、次のように述べています。
「こうしたベクトルベースのナビゲーションは、最短ルートを計算するよりも脳力を必要としないため、脳が他の作業により注力できるよう進化したと推測できます。
たとえば、3万年前ならライオンの縄張りを避けるために、現代なら危険かつ騒がしい自動車を避けるために、脳は最短距離よりもメリットのあるルートを選ぶようになったのでしょう」
脳は、曲がったことが嫌いなのかもしれません。