全ての物質は波になれる
量子力学の世界では、電子や原子だけでなく、分子や結晶など、どんな物質も「波」の性質を持つことが理論的に示されています。
古典的には「ものは粒、光は波」と教わりますが、量子力学によって「粒子にも波の性質があり、光にも粒子の性質がある」ことが明らかになりました。
たとえばサッカーボールのような球状構造をもつフラーレン(炭素原子が数十個集まって球体を形成する巨大分子)を用いた二重スリット実験が行われた例もあり、私たちの感覚では“粒子”としか思えないほど大きく重い存在も「波」としてふるまい得ることを示唆しています。
(※さらに炭素1万個ぶんの質量をもつテイラーメイド分子での二重スリット実験も報告されています)
このように本来ならば粒子と考えられがちな物体が「波」として振る舞うとき、その波のことを、その粒子の「物質波」と呼びます。
身近な食卓塩(塩化ナトリウム: NaCl)や水(H2O)にも物質波は存在します。
これらは普段は目に見える粒子として存在し、塩なら結晶の粒、水ならコップに満ちた液体の姿です。
ところが、塩の結晶を極小スケールにまで細かく砕き、そのひとかけら(ナトリウムイオンと塩化物イオンのペア)を単独で取り出したり、あるいは水分子1個だけを捕まえて十分に小さな空間内で動かしたりすると、量子力学的な「波」のふるまいを示す可能性が出てきます。
これは理論的には「塩の物質波」や「水の物質波」が存在し得ることを意味します。
では、人間のような大きい塊(かたまり)も物質波になり得るのでしょうか?
結論から言えば理論上は「YES」です。
量子力学的な現象が起ここるにあたり、物体のサイズも質量も完全な拒否権は持っていないません。
そのためもし、ある地点・ある瞬間に「物質」を波へと変換し(正確には「波として振る舞うように整えてやり」)その波を別の場所・別の時点で“粒”として再度現実化することも不可能ではありません。
量子力学では、粒子の状態は観測や測定によって決定される(波が収束する)と考えます。
つまり、波として広がりつつあった存在が、観測という行為をきっかけに「ここにある1つの粒子」に戻るのです。
このため理論的には「波として広がった物質」が、ある程度の条件(外界との相互作用がごく小さい、量子状態が維持できるなど)を満たしていれば、別の時点で「粒子」として観測されることがあります。
実際二重スリット実験も波として2本のスリットを通った粒子がその先の板に命中して粒子として出現しています。
ただし私たちのような巨視的(マクロ)な存在はあまりにも多くの原子や分子、そして周囲との相互作用を含んでおり、いわゆるデコヒーレンス(量子ゆらぎの消失)が起こりやすく、物質波に変換するのは理論的には可能でも極めて困難です。
さらに量子力学でいう物質波は質量が大きいほど短くなる性質があります。
1個の電子の波長は比較的長いのに対し、1個のNaCl分子やH2O分子、まして人間のような巨大な質量では、波長が極端に短くなり「波としての広がり」を実験で見るのはほぼ絶望的です。
ただどんなに困難でも「理論的に可能」という表現は抜け落ちません。
かつては巨大分子に量子的な性質がある可能性も「理論的にはありえるが実証は絶望的」と考えられていた時期がありました。
しかし技術の進歩により、私たちの大きな世界と量子の小さな世界の境は徐々に曖昧になりつつあります。
ですがそうなると、いくつか気になる点が出てきます。
たとえば「物体が物質波として飛んで行っている最中に、ちょっかいをかけたらどうなるか?」という疑問は、非常に好奇心をくすぐります。
そこで今回、コンスタンツ大学の研究者たちは、単一の電子が物質波として移動している最中に、渦巻き状の光を当て、何が起こるかを調べることにしました。
ここで言う「渦巻き状の光」とは、通常の光の波長がスクリューのようにに回転しながら進む光であり、このような光が当たった物体に特殊な回転力を与えたり、別の波に当たった場合には波の周期を変えることが可能です。
通常の光がストレートパンチだとするならば、渦巻き状の光はスクリューパンチと言えるでしょう。
光のスクリューパンチを受けてしまった電子はどうなってしまうのでしょうか?