AIに『染まる』言葉、人間はなぜ模倣してしまうのか?

ある本を読んだあとしばらくの、頭の中の思考や書く文章が、その本の文体やリズムに影響されてしまった経験をしたことはありませんか?
筆者の場合、田中芳樹氏の『銀河英雄伝説』を読んだ後の1週間は、氏の文体やリズムが頭の中に残り続け、日ごろの文章まで田中氏の文体に引き寄せられた記憶があります。
また夏目漱石の『坊ちゃんを』を読んだ後は、文章だけでなく考え方までもが「坊ちゃん」のものに引きずられていた記憶もあります。
文章を読むということと、文章の影響を受けることとは、切り離せない関係にあるのかもしれません。
ですが現在、私たちが触れる文章は「メイド・バイ・ホモサピエンス」のものだけではありません。
大規模言語モデルのようなAIの登場により、ネット上の記事やSNSの書き込みだけでなく、企業内のドキュメント作成などにもAI生成テキストが利用され始めています。
このようなAI製の文章に頻繁かつ長期間触れることで、人間には何らかの影響が及ぶのでしょうか?
実際、これまでの研究でAI生成文章には独特の言い回しや語彙の偏りがあると指摘されてきました。
例えばインターネット上では、「AIらしい文章」を見分ける手がかりとして、句読点の使い方や特定の単語の頻出に注目する議論が盛んです。
実際に、LLMを使って文章を編集・生成する際には、AI特有の語彙が人間の書いた文章にも反映されやすくなることが報告されています。
(筆者自身もAIを活用した資料作成を通じて、AIは「多様性」「ドラマ」「より良い未来」「文化」といった言葉を好む傾向があることに気付きました。)
もしAI生成の文章が私たちの周りに氾濫した場合、人間はその影響を受けて、語彙の使用パターンが知らぬ間に変化してしまう可能性もあります。
では、話し言葉ではどうでしょうか?
特定の文章を読み続けることで話し言葉に影響が及ぶという経験も、多くの人が持っているでしょう。
例えば、ある掲示板に特有な文章を日常的に大量に読んでいると、その掲示板の文体が話し言葉にも反映されるという現象が起こり得ます。
そこで今回、ベルリンのマックス・プランク人間発達研究所の研究チームは、ChatGPTの登場によって人間の話し言葉に変化が生じているかを調べる大規模な調査を行うことにしました。
人間がAIの文章表現を無意識に真似している可能性を検証し、AIと人間の言葉の関係が一方通行ではなく双方向になりつつあるかを確かめるのが目的です。
果たして、AIが人間を真似る時代から、人間がAIを真似る時代への転換は起きていたのでしょうか?