人間がAIを真似る時代

人間がAIの話し方を真似し始めた――この研究は、その明確な証拠を初めて示しました。
もともと私たち人間は、周囲の話し方や言葉遣いに少なからず影響を受けるものです。
心理学には「権威バイアス(authority bias)」と呼ばれる現象があり、多くの人は知的で重要だと感じる相手ほど、その言動を無意識に模倣しやすいことが知られています。
研究者たちは「人間は自然と他者を模倣しますが、誰をも平等に真似するわけではありません。自分が知識がある、重要だと感じた相手ほど、その言葉遣いを真似しやすいのです」と説明しています。
今回の結果は、多くの人々がChatGPTというAIを、一種の知的な「権威」や言語のお手本と見なし始めている可能性を示唆しています。
だからこそ、ChatGPTが多用する語彙や口調が人々に伝染し、知らず知らずのうちに会話の中に取り入れられているのでしょう。
この現象は一見すると無害どころか、語彙が豊かになって知的な会話が増える良いことのようにも思えます。
しかし専門家たちはいくつかのリスクも指摘しています。
まず懸念されるのは、言語や文化の多様性の喪失です。
人々が皆こぞって同じAI由来の表現を使うようになれば、地域や個人による表現の違いが薄れ、言葉の画一化(ホモジニー)が進む恐れがあります。
研究チームはこれを「閉じた文化的フィードバックループ」と呼び、強く警鐘を鳴らしています。
これは、人間がAIの言葉遣いを真似し、その結果生まれた均一化した言語データで次世代のAIが再訓練されるという循環です。
この自己持続的なサイクルでは、AIが一部の文化的特徴を過剰に優遇して学習することで、多様性の侵食が加速しかねないと研究者らは警告します。
やや大げさに言えば、人類ははじめて人類以外の存在から言葉の話し方の影響を受けているからです。
たとえばChatGPTは現時点で主に英語を中心としたメジャーな言語で訓練されており、そうした言語の表現がグローバルに広まる一方で、マイナーな言語やスラングなどが駆逐されてしまう可能性も指摘されています。
実際に、世界には7000以上の言語があると言われていますが、その中でAIが高精度で扱える言語はごく一部です。
こうした状況は、AI時代における言語間の格差拡大にもつながる懸念があります。
さらに、「スケーラブルな操作(操作の大規模化)」のリスクも挙げられます。
もし特定の企業や組織が支配するAIが、意図的にある種の言葉遣いや価値観を押し出せば、それが人間社会に広まり、人々の考え方や議論の枠組みを間接的に操ることも理論上は可能になるからです。
今回の研究はそうした悪用を実証したわけではありませんが、AIが人間文化を再形成し得ることを示したことで、このリスクにも光が当てられています。
一方で、本研究には留意すべき点もあります。
分析対象は主に学術講演や知的な談話が中心であり、日常会話やカジュアルな口語表現で同様の変化が起きているかは十分に分かっていません。
また、言語は常に多くの社会的要因によって変化します。
ChatGPTの影響は確かに見られるものの、それだけが要因ではなく、他の流行やメディアの影響も並行して作用していることは念頭に置く必要があります。
さらに、今回特定された「GPTワード」は現行のChatGPT(GPT-3.5やGPT-4など)の特徴に基づくものです。
実際、他の大規模言語モデルでは語彙の選好が異なる可能性も指摘されており、今後はモデル間比較の研究が望まれます。
したがって、本研究の結果は「現時点でのChatGPT」の影響を捉えたものであり、AIと言葉の関係はこれからも動的に進化していくと考えられます。
研究チームは、人間がAI特有の言葉を無意識に取り入れることで、「人間とAIが相互に影響し合う新たな循環」が形成されていると指摘しています。
これは人類と言語の長い歴史の中でも前例のない現象です。
そのインパクトについて、シカゴ大学のジェームズ・エバンス教授(社会学・データ科学)は「LLMの我々のコミュニケーションへの影響を理解するには、現段階では単語の頻度分布を見るのが正しい方法だ」と評価しつつ、モデルが高度化すれば「語彙以外の文章構造や思考様式への影響も精査する必要がある」と指摘しています。
実際、本研究でも語彙の変化に注目しましたが、AI風の文章構成(長く丁寧な文体や論理展開)や感情表現の変化(過度に中立で乾いたトーンになる等)についても影響が現れ始めているのではないか、と研究者らは示唆しています。
たとえば、「ChatGPT的な丁寧で論文調の話しぶり」が会話全体を硬くし、人間らしい砕けた表現や感情の起伏が減る可能性もあります。
わずか約1年半ほどで既にChatGPTは人間の話し方を変えてしまったわけですが、今後さらにAIが進歩し普及したら、私たちの言葉や文化はどれほど変容するのでしょうか?
もはやAIが私たちの文化を作り替えるか否かではなく、どれほど深く作り替えるかが問われています。
研究チームの矢倉氏は「言葉の頻度が変われば、物事の論じ方や考え方も変わりうる」と述べ、私たちの文化そのものが影響を受ける可能性に言及しています。
言葉は単なるコミュニケーション手段ではなく、私たちの思考や社会の在り方と切り離せないものです。
その言葉に生じた微妙な変化が積み重なれば、やがて大きな文化の変遷につながるかもしれません。
AI時代における人間と言葉の関係性をどうデザインしていくかは難しい課題ですが、研究者たちは、多様性を保ちながらAIの恩恵を享受する道を模索すべきだと強調します。
人類と言語の豊かな多様性が失われないよう、AI開発と並行して言語的・文化的多様性を守る取り組みが重要になるでしょう。
便利なAIを使いこなしつつも、自分自身の言葉を振り返り、「いつの間にかAIの口調に染まっていないか?」と、時には立ち止まってみることも、私たちにできる小さな第一歩かもしれません。
懐かしのサラ・コナー・クロニクルズでも扱ってた題材ですね。
機械に勝つために機械になっていく人間と人間に勝つために人間になろうとしていく機械の対比として。