ひとつながりの意識の中で、記憶は「ブロック状」に分かれる?
私たちは、過去から現在、そして未来へ向かう中で、「自伝的記憶(autobiographical memory)」をつくっています。
自伝的記憶とは、私たちが人生のある時、ある場所で経験した特定の出来事(イベント)の記憶です。
まずここで押さえておきたいのが、「記憶にも境界線がある」ということです。
私たちの記憶には、はっきりとした始まりと終わりを持つブロックのような構造があります。
そして私たちは、この記憶のブロックをひとつながりの物語として、「私」という意識を形作っています。
今回の研究が着目しているのは、記憶が意識的な経験としてはひとつながりでありながら、記憶をつくる際に、すでにブロックとしてパッケージされているのかという点でした。
難しいですが、もう少し先に進みましょう。
2つの物語の境界線:「ソフト」と「ハード」
研究チームは今回、外科手術で脳に電極をさし込まれたてんかん患者のデータを用いました。
(電極はもともと、てんかん発作がどこで起こっているかを特定するために埋め込まれたものです)
実験では、患者さんの同意のもと、「認知的な境界線」のある映画を見てもらい、その間の個々のニューロン活動を記録しました。
この認知的な境界線は、ふだんの生活では目立ちませんが、映画のような作品の中では、「ソフト」境界線と「ハード」境界線の2つが明確に存在すると考えられています。
まず、ソフトな境界とは、たとえば、2人が廊下を歩きながら話している場面で、そこに3人目が加わわった場合です。このとき状況に変化は起きていますが映画のシーンは継続したままです。
これに対し、ハードな境界は、はっきりと映画の場面が切り変わる場合を指します。
「ハードとソフトの違いは、現在進行中の物語からの逸脱の大きさにあります。
状況が変わっても同じ場面であればソフト、まったく別の場面に変わっていればハードです」
と、研究主任の一人で、シダーズ=シナイ・メディカル・センター(CSMC・米)の脳神経外科医ウエリ・ルティスハウザー(Ueli Rutishauser)氏は説明します。
映画の場面転換に反応する「2種の脳細胞」を発見!
そして、データを分析した結果、これらソフトとハードの境界に反応する2種類の細胞が発見されました。
この2種類の細胞それぞれについて、ソフトとハード境界の両方に反応するものを「境界細胞(boundary cells)」、ハード境界にのみ反応する方を「イベント細胞(event cells)」と呼んでいます。
チームは、2つの細胞の活動がピークに達したとき、つまり両方の脳細胞が活性化するハード境界に出会ったとき、脳は新しい記憶のブロックを形成していると考えました。
どういうことか?
ハード境界とは、場面がまったく別の内容に変わるときを指しました。
いわば、それまでの話をひとつにまとめて、次の話に入るのです。
チームは、記憶の形成もこれに対応していると考えています。
つまり、区切りのいいところ(ハード境界)で記憶のブロックをつくり、次の話からはまた別のブロックをつくり始めるというわけです。
「境界反応は、コンピューターに新しいフォルダを作るようなもの。
そこにファイルを保存でき、別の境界がやってきたら、最初のフォルダを閉じて、また別のフォルダをつくるのです」
ルティスハウザー氏は、こう話します。
では、境界線に反応する2つの細胞は、どんな仕事をしているのでしょうか?