クマムシはカタツムリを「タクシー代わり」にしていた
クマムシは、体長0.05〜1.2ミリの緩歩動物で、海や川、岩や木に生える地衣類やコケ類など、水分のある場所ならどこでも生息できます。
また「乾眠」という脱水モードに入れば、高温や低温、高圧、紫外線、宇宙空間、さらには発射された弾丸の中など、あらゆる過酷な環境に耐えられます。
乾眠したクマムシは、30年間冷凍させておいても、水をかけるだけで元通りに復活します。
過去には、博物館で130年間保管されていたクマムシが生き返った例もあるほどです。
その一方で、クマムシは運動力に劣るため、どのように生息地を広げているのか、あまりわかっていません。
非常に長距離の移動については、突風や水流によって1000キロ以上も運ばれることが過去に示されているため、こちらはおそらく自然現象を利用していることがわかっています。
しかし、すぐ近くの別のコケの生息地などへ移動する方法は不明です。
これは私たちから見ると非常に短距離の移動ですが、彼らにとっては移動できない長距離です。
なにか、彼らには近くの同じような環境へ移動する方法があるはずなのです。
そこでUAMの研究チームは、クマムシと同じ環境によく共生している陸生カタツムリに注目しました。
「同じ環境を好むカタツムリに乗ることで、彼らは移動しているのではないか」と考えたのです。
このヒッチハイク仮説を検証するべく、チームは、西ヨーロッパの陸地で共存する「モリマイマイ(学名:Cepaea nemoralis)」と「クマムシ(Milnesium inceptum)」で実験を開始。
モリマイマイの殻の直径は最大22mmで、湿度の高い環境を好み、クマムシの運び手として最適な条件をそろえています。
実験では、プラスチック製の箱を用意し、シリコンで囲んだ内側の正方形に、10匹のクマムシを含んだ2.5 mlの水滴を垂らします。
シリコン枠外の正方形には、クマムシなしの水を7.5 ml入れます。
その状態で、以下の3つの条件を設定しました。
(A)クマムシだけの「コントロール群」
(B)シリコン枠外の正方形にカタツムリを歩かせる「TS群」
(C)カタツムリに加え、クマムシの上にコケを設置する「TSM群」
この状態で、箱を飼育室(温度17℃、湿度80%、日長12:12)に72時間置きました。
その結果、当然何もない箱におかれたクマムシは全く移動できませんでしたが、カタツムリのいる箱に置いたクマムシは枠外に移動していたのです。
これにより、クマムシがカタツムリの体にくっついて、枠外に運ばれたことが示されました。
また、ただの水滴の中においた場合と、コケの中においた場合では移動したクマムシの数に違いが見られました。
コケがある場合、それが障壁になって、カタツムリに乗車しづらくなっていたようです。
それでも移動が完全に阻害されたわけではなく、クマムシがカタツムリを”タクシー代わり”に使っていることが支持されました。
しかし一方で、カタツムリの粘液が乾燥すると、クマムシ(特に乾眠した個体)にとって致命的になるリスクもあるようです。
カタツムリの粘液はほとんどが水分ですが、すぐに乾いてしまう性質があります。
乾眠したクマムシは粘液に含まれる水分を吸って、一時的に復活に向かいますが、水分が飛んだことで周りの粘着質部が固まってしまうため、どっちつかずの状態でフリーズしてしまったのです。
つまり、活性状態にも乾眠状態にも上手く戻れなくなっていました。
乾眠クマムシに水をかけると98%の確率で復活しますが、乾燥した粘液から取り出した乾眠クマムシでは、復活率がわずか34%にとどまりました。
そのためカタツムリはクマムシにとって、乗車中に死んでしまうリスクもあるちょっと危険な乗り物でもあるようです。
とはいえ、自然任せ風任せで移動するよりも、はるかに居心地にいい場所に運んでくれる可能性の高いカタツムリは、クマムシにとって非常にありがたい存在で、彼らの短距離分散に貢献しているのは確かなようです。
この2つの生き物の共生関係は、なんだか微笑ましく感じてしまいますね。