井戸掘り技術をコロニーに持ち込んだ革命者
生物にとって欠かせない水は、たいていの場合、川や木の洞(うろ)などの地表で得られます。
しかし、水資源は地下にも隠されており、これについては井戸を掘ることでアクセス可能です。
地下水を得るために穴を掘れる動物は、ほんの一握りであり、アフリカゾウやイボイノシシ、数種のウマ科動物、それとサバンナに住む一部のチンパンジーが該当します。
ただ、これらの動物は、水資源の乏しい乾燥地帯に住んでいるため、地下水を得ようと穴を掘ることを思いついても、それほど不思議ではありません。
ところが今回のケースは、降雨量も多く、水には比較的困らない熱帯雨林でのことなのです。
井戸掘りの習慣が見つかったのは、ウガンダにある森林保護区・ブドンゴ保護フィールドステーションに暮らす「ワイビラ・コミュニティ(Waibira community)」という、ケナガチンパンジーのコロニーです。
同コロニーでの井戸掘り習慣は、若いメスのチンパンジーである「オニョフィ(Onyofi)」で初めて観察されました。
オニョフィは、2015年にワイビラ・コミュニティにやってきた移民であり、井戸掘りのスキルが非常に熟達していることから、前のコロニーでその技術を学んだと思われます。
最初の発見以来、オニョフィ以外のメス個体でも、井戸掘りをする姿がたびたび目撃されるようになりました。
興味深いことに、オスは一度も井戸掘りに参加することなく、メスが掘った穴を後追いで使っていました。
また、オニョフィが井戸掘りをする際は、周りのチンパンジーが近くに集まって、注意深く見つめる様子が観察されています。
このことから、井戸掘り技術は、オニョフィが移住してきたとき、コロニーにとって全く新しい知恵であり、その技術を彼女から教わった可能性が高いと考えられます。
その証拠に、オニョフィの掘った井戸は特に人気が高く、老いも若きも彼女の井戸に集まって、直接水を飲んだり、葉っぱや苔に染み込ませて水を吸っていました。
さらに、オニョフィが井戸を掘るときは、コロニー内の支配的なオスでさえも、彼女の仕事を黙ってジッと見守っていたのです。
そして、掘り当てた地下水をオニョフィが飲み終えたあとで初めて、その穴に近づいて、水を飲んでいました。
これは、オスが絶対的に優位なチンパンジーの社会では、かなり異例なことです。
彼女のもたらした知恵が、どれだけ革命的だったかが伺えます。
それから不思議なことに、井戸掘りはすべて、川辺のような開けた水資源のそばで行われていました。
すぐに手の届く水が目の前にあるにもかかわらず、わざわざ穴を掘って地下水を得ていたのです。
これについて、研究チームは「地表の水とは違った、より清潔な水や味の違う水を得るために井戸を掘っているのではないか」と指摘しています。
熱帯雨林における井戸掘りは、乾燥地帯でのように急を要することではなく、いつもより美味しい水を飲むためのスキルとして使われているのかもしれません。