「1歩ずつ理解を積み上げ素数の秘密に辿り着いた」ジェームズ・メイナード氏
次はホ氏とはうって変わって、地道な理解に重きを置いてきた受賞者の話です。
ジェームズ・メイナード氏は素数の出現パターンにかかわる発見をした人物として既に有名でした。
素数は1と自分自身でしか割れない数のことで「2・3・5・7・11・13……」と無限に続いていくと推測されていますが、出現パターンにはいまだに多くの謎が残されています。
質問者:どんな経緯で数学者になったのですか?
メイナード氏:私の生き方は、1歩ずつ物事を進め、選択肢が提示されたときに最も魅力的なものを選ぶだけでした。
ですから、数学者になりたいと最終的に決断したのは、博士課程が終わるころのことでした。
なんであろうと少しずつ進めていくという私の生き方は、決定の時期を遅くする傾向があります。
しかしそのおかげで、大きな決断であっても特に難しく感じることはありませんでした。
質問者:学生時代には、どんな数学の分野が好きでしたか?
メイナード氏:単純な整数を扱う「数論」は私にとって特に魅力的でした。
(※「数論」は整数などの純粋に数が持つ性質について研究する分野。ガウス曰く「数学は科学の女王であり、数論は数学の女王である」)
フェルマーの最終定理などに代表される数論は、一見すると非常に簡単にみえますが、解き明かすには現代数学のあらゆる分野から集められた、膨大な量の情報が必要になります。
私はこの単純さと複雑さの組み合わせに、深い魅力を感じていました。
質問者:研究する対象はどのように選んでいるのですか?
メイナード氏:幸いなことに、数論には有名な未解決問題がゴロゴロしています。
私が研究対象を選ぶ時には、まずそれらの問題の一部を理解することからコツコツとはじめ、次に技術的な面で改善できるかを調べます。
この方法をとると、有名な難問でも正面からぶつかることなしに、迂回することで実現可能な方法をみつけることができると思っています。
たとえば、私はよく「おもちゃ」のような問題を探すことがあります。
多くの技術を理解することは難しいですが、それら技術の特徴を象徴するような「おもちゃ」の問題を考え出すことができれば、より複雑な技術の使用方法につながります。
質問者:数学の進歩は速いと感じますか? それとも遅いと思いますか? また速いと思う時と遅いと思う時では対処法に違いがありますか?
メイナード氏:進歩が速いときは、いつもエキサイティングです。
多くの場合(進歩の加速は)研究手法の限界を克服するアイディアによって引き起こされます。
このようなときは、できる限り全ての研究についていき、その過程を楽しもうとします。
一方で、何カ月も取り組んできた主要な問題に行き詰ったときは、モチベーションを維持することが重要だと思います。
特に自分が行っているメインプロジェクトが行き詰ったときは、別のプロジェクトに取り組んだり、以前から温めていたアイディアを(具体的な形で)書き溜めたりするようにしています。
そうすることで、たとえメインプロジェクトが停滞していても、何かが具体的に前進したような気がして、前向きになれるんです。
数論の多くは解けたら世界がひっくり返るような、数学者にとって非常に野心的な性質をもつ一方で、その複雑さや難解さゆえに、多くが行き詰まりがちです。
しかし前進を続けることで、自分が問題に対して興味を持っていることを確認することができるため、困難な研究を続ける上で大きな助けになります。
質問者:数学を教えることはインスピレーションにつながりますか?
メイナード氏:数学を学生に教えることが研究に役立つという事実には、いつも驚かされます。
教えるということは、自分がわかっていると思っていたことを見直す機会になります。
そしてこの見直しによって、新しい視点を得たり、本当に重要なことを発見した経験が何度もありました。
質問者:数学の面白さを理解してもらうにはどうしたらいいでしょうか?
メイナード氏:数学は計算ではなくアイディアであることを理解してもらうことが重要だと思います。
これは私が学生に教える際にも、心がけていることです。
インターネットの普及により、数学に使われているアイディアを紹介する新たな方法(動画など)が使用可能になりましたが、この新たな試みは本職の数学者にとっても非常に役立つものです。
質問者:数学者とコンピューターの関係をどの程度重要視していますか?
メイナード氏:コンピューターは数学者のアイディアや推測を確かめるための手段として重要です。
数学者がコンピューターを使って時間と手間を節約できれば、より高レベルのアイディアを考えることに集中できるでしょう。
ただ私個人はコンピューターよりも人とのかかわりあいのほうが有益だと思います。
コンピューターは低レベルの技術的な考えを素早く理解するのには大いに役立ちますが、高度な理解についてはほとんど役立ちません。
一方で、人間の数学者と話をするときは全く逆で、より抽象度の高い高度な議論によって、重要なアイディアに集中することができるのです。
質問者:受賞を知ったとき、どんなことを感じましたか?
メイナード氏:数日間はボーっとしていました。
フィールズ賞を統括している人物から「受賞を認めますか」と聞かれたのを覚えていますが、私は興奮のあまり言葉を間違って、辞退してしまうのではないかとパニックになりました。
そのため、異様にゆっくりと、確認するように「YES」と答えることになりました。
かなりシュールな場面だったと思います。