アルツハイマー病の原因をアミロイドβとする重要論文での捏造疑惑の詳細
私たちの多くはテレビや新聞などで、アルツハイマー病の原因は、脳内にアミロイドβと呼ばれる毒性の高いタンパク質が沈着することが原因だと、繰り返し聞かされてきました。
この説はアミロイドβ仮説と呼ばれており、現在のアルツハイマー研究において大きな位置を占めています。
そしてアルツハイマー病の治療薬を開発している製薬会社たちも、アミロイドβの蓄積を止めるための薬の開発に、莫大な資金をつぎ込んでいます。
しかし不思議なことに、アミロイドβの蓄積防止を目指して作られた治療薬のほとんどが、目立った効果を発揮しないまま開発中止に追い込まれています。
また薬の開発に失敗した場合、製薬会社の被る損失は莫大であり、株価にも大きく影響を及ぼします。
2021年8月、今回の疑惑について告発した中心人物であるヴァンダービルド大学の研究者シュラグ氏は、ある弁護士から「キャッサバ・サイエンス社」が開発中の「シムフィラム」と呼ばれるアルツハイマー病治療薬の調査を依頼されました。
シムフィラムはアミロイドβ仮説にもとづき、脳にアミロイドβが蓄積することを防止することを目的に作られていました。
シュラグ氏は以前からアミロイドβ仮説の否定派であったため、弁護士からの申し出を受け、シムフィラム開発の根拠となる論文を調査することにしました。
すると驚くべきことに、キャッサバ・サイエンス社とかかわりのある34本の論文において、結果を示す画像や数値に捏造の疑いがあることが判明。
特にシムフィラム開発の根幹となる2012年に『The Journal of Clinical Investigation』にて発表された論文でも15を超える疑わしい画像を発見しました。
この論文の影響力は大きく、その後他の研究論文に1500以上の引用が行われています。
これらの結果からシュラグ氏は、キャッサバ・サイエンス社が開発したシムフィラムが偽りの研究データを根拠としており、臨床試験に参加した被験者たちは効果がなく副作用だけがある薬を投与される可能性があると結論。
米国のFDA(食品医薬品局)に対して臨床試験の停止を求める請願を提出しました。
シュラグ氏はこの調査により、依頼者から1万8000ドルの報酬を受け取りましたが、彼はその後も個人的に調査を継続させました。
するとアルツハイマー病にかかわる研究で『The Journal of Neuroscience』に掲載されたある論文でも、不適切に複製されたと思われる改ざん画像を発見したのです。
著者の名前はシルヴァン・レスネ氏(Sylvain Lesné)となっていました。
そこでシュラグ氏はレスネ氏をマークすることに。
そして2006年に『Nature』に掲載された、現在のアミロイドβ仮説の基礎となるレネス氏の論文に行き当あたりました。
この論文では水溶性のアミロイドβ(Aβ56)をラットに投与すると、アルツハイマー病と同じような認知症を引き起こしたことが述べられており、アルツハイマー病の原因物質としてアミロイドβを同定した初めての研究とされています。
論文は高く評価されており、著者たちは発見の功績を称え、神経科学において名誉ある「ポタムキン賞」を受賞していて、影響度も極めて高く、他の論文に2300回以上も引用されていました。
しかしシュラグ氏が論文の画像を分析したところ、かなり明白な画像改ざんがみつかったのです。
利権からみの依頼からはじまったシュラグ氏の調査が、思いもよらない大物を引き当てた瞬間でした。
次のページではシュラグ氏の分析をもとに、世界で最も権威ある科学雑誌『Nature』に掲載された疑いの画像を紹介したいと思います。