ボート襲撃がシャチの仲間内で流行中?
シャチは、高い知能と社会性、そして驚異的な攻撃力を持つ海洋最強の生物であり、その恐ろしさはホオジロザメも尻尾を巻いて逃げるほどです。
一方で、シャチは人とのコミュニケーション能力に優れ、彼らが人や船を襲撃した例はほとんどありません。
ところが、2020年の半ばごろから、イベリア半島とアフリカ大陸を隔てる「ジブラルタル海峡」で、シャチの群れがボートやヨットを襲撃する事件が、相次いで報告され始めています。
そのほとんどは、スペインやポルトガルの沿岸部で発生しており、シャチの群れはとくに、船体に備わっているプロペラ型のラダー(舵)を狙うことが多いそうです。
最も新しい事例は、今月初めに、ジブラルタルからかなり北上したフランス沖で発生しました。
エスター・クリスティン・ストークソン(Ester Kristine Storkson)さん(27)は、彼女の父親と一緒に、全長11メートルのヨットに乗って、フランスからモロッコ西部にあるマデイラ諸島に向かっていたという。
その際に、数頭のシャチに周囲を取り囲まれ、約15分間、船体への攻撃を受けたと話します。
ヨットには破損が見られましたが、2人は何とかフランスに戻り付き、ことなきを得ました。
これは一体、何なのでしょうか?
実は、社会的な動物であるシャチの世界では、私たち人間と同じように、仲間内である行動が「バズる」ことがあります。
たとえば、1987年に、アメリカ北西部・ピュージェット湾にて、シャチの群れの中で「死んだサケを帽子のように頭にかぶる」行動が流行しました。
カナダ・ダルハウジー大学らの研究によると(Biological Conservation, 2004)、最初に1頭のメスが始めたこの行動は、まるでTikTokのバイラルのように、別の2つのグループにも広まったことがわかっています。
6週間後にその流行は下火になり、翌年の夏に、数頭がもう一度流行させようとしたものの、二度と流行ることはありませんでした。
このことから、今回のボート襲撃も、シャチの中で一時的に流行している現象であると考えられます。
スペインの鯨類研究団体CIRCE Conservación Information and Researchのルノー・ド・ステファニス(Renaud de Stephanis)氏は、ジブラルタル海峡からフランス沖までは、一つの群れの行動範囲として広すぎることから、「すでに複数のシャチのグループに流行が広がっている」と推測しています。
ちなみに、ジブラルタルに生息するシャチの個体数は減少傾向にあり、現時点ですでに50頭ほどしか残っていません。
こちらは、2021年6月17日に、ジブラルタル海峡で発生したシャチによる襲撃の様子です。
とはいえ、ステファニス氏を含め専門家らは、シャチが何に惹かれてボートやヨットを襲撃しているのか、正確なことが分からないといいます。
ステファニス氏は、シャチが船体のラダー(舵)をよく狙っていることから、「プロペラで動く水流の感触が好きなのか、あるいは、それが逆に何らかのストレスを与えているのかもしれない」と話します。
しかし、これは一時の流行である可能性が高いため、しばらく待てば、シャチも自然と飽きてくるでしょう。
人に被害が出る前に、早く流行が去ってほしいものです。