「知恵の実」遺伝子は平凡な経緯で誕生した
「知恵の実」という字面から、神秘的な出自やウイルス感染による劇的な遺伝子変化を期待するかもしれません。
しかしこれまで行われた遺伝解析により、ARHGAP11B遺伝子は、わりとありふれた経緯で誕生していたことが判明します。
まず最初にARHGAP11B遺伝子の原型(旧ARHGAP11B)はヒトとチンパンジーが枝分かれした500万年前に出現したと考えられます。
この時点の旧ARHGAP11Bは「知恵の実」遺伝子としてはまだ不完全であり、現在の私たち人間がもっているものとは異なります。
しかし約150~50万年前、さらにもう一度、突然変異が発生し遺伝文字が1文字だけ(シトシンからグアニンへ)変化して、リーディングフレームがシフトして47の新たなアミノ酸配列が生じ、現在のARHGAP11Bが誕生しました。
私たちホモ・サピエンスの登場はおよそ40万年前と考えられており、150~50万年前に起きたARHGAP11Bの変異は、上の図のように、脳容量を爆発的に増加させ、人間を人間らしくする最後の一押しになった可能性があります。
このように「知恵の実」の効果は神話のように1口で獲得できたのではなく、ベースとなる遺伝子の存在と突然変異による大規模な新規アミノ酸配列の追加という、かなりありふれた経緯を経て、現在の私たちに引き継がれているのです。
(※ただ、たまたま発生した突然変異(リーディングフレームのシフト)の先に脳を巨大化させる効果をもった配列が運よく用意されていたという、偶然の向こうの偶然が起きたのは、興味深いと言えるでしょう。この偶然の2段重ねが存在しない限り、ヒトは巨大な脳をもてなかった可能性があります)