鼻腔内の傷がアルツハイマー病を促す原因に?
研究チームは今回、「肺炎クラミジア(Chlamydia pneumoniae)」という細菌をマウスの鼻腔に塗布する実験を行いました。
肺炎クラミジアは、ヒトに感染して肺炎を引き起こすことがあり、また、9割の認知症患者の脳からも発見されることで知られています。
実験の結果、鼻腔に付着した肺炎クラミジアは、マウスの「嗅神経(鼻腔と脳をつなぐ神経)」を伝って脳の方に移動することが判明しました。
鼻粘膜に存在する嗅神経はヒトでもマウスでも直接、脳と接続しており、血液脳関門(血液と脳組織液との交換をする場所)を迂回して脳に至る短い「神経の道」を提供しています。
実験において研究者たちがマウスの鼻粘膜に肺炎クラミジアを感染させてみたところ、鼻の奥にある「鼻腔上皮」が傷ついているマウスの場合、細菌の侵入が促進され、感染症が悪化することがわかったのです。
このことから、鼻をほじったり、無理に鼻毛を抜いたりして鼻腔上皮が傷つくと、肺炎クラミジアの侵入と感染を促進させる可能性が指摘されています。
しかしより興味深い結果は、細菌たちがマウスの鼻の神経を通って脳に辿り着いた後に起きました。
なんと肺炎クラミジアに感染したマウスの脳細胞は、感染症に反応してアミロイドβタンパク質を放出し沈着させ始めたのです。
このアミロイドβタンパク質のプラーク(塊)は、アルツハイマー病患者の脳に見られる病態として知られます。
加えて、肺炎クラミジアが神経を突き進む速度は極めて速く、鼻粘膜に感染してから24〜72時間以内に脳への感染が起こっていました。
どうやら細菌にとって鼻と脳を繋ぐ神経は狙い目の侵入経路となってしまっているようです。
研究主任の一人で、グリフィス大学の神経科学者であるジェームス・セント・ジョン(James St John)氏は「私たちは肺炎クラミジアが鼻から直接脳に到達し、アルツハイマー病のような病態を引き起こすことを初めて明らかにしました」と説明。
「まだマウスでしか確認されていませんが、これはヒトにとっても潜在的に懸念すべき現象です」と述べています。
マウスと同じプロセスがヒトで起こりうるかは、人体で同様の実験を行う必要があります。
ただ「鼻をほじるとアルツハイマー病が促進される」という仮説はかなり大胆な飛躍であり、そう断言するには慎重を期すべきでしょう。
それでも、セント・ジョン氏は「鼻をほじったり、鼻毛を抜いたりすることは、鼻腔内の保護組織にダメージを与える可能性があるため、決して良いことではない」と指摘しています。
それがまさかアルツハイマー病につながるとは考えもしないでしょうが、鼻腔内の損傷が、ヒトにおいても肺炎クラミジアの感染とそれに続くアミロイドβタンパク質の沈着を促すのであれば、その可能性も十分あります。
研究チームは今後、人体における実験を行うとともに、アミロイドβタンパク質の沈着量の増加が「自然な免疫反応であり、感染症を撃退すれば元に戻るのかどうか」という未解決の問題について、調査を進める予定です。