現在の「降雨モデル」は時代遅れになっている?
ダム建設のエンジニアは、特定の場所で発生すると予測される最大の洪水イベント、すなわち「予想最大洪水(PMF)」に対処できるよう設計します。
この計算を行うにはまず、その地域で潜在的に起こりうる最大降水量を計測する必要があり、これを「予想最大降雨量(PMP)」と呼びます。
問題は、PMPの計算が過去の気象データにのみ基づいており、将来的な気候変動が考慮されていないことです。
よって、何十年も前に建設されたダムの多くが、現在より涼しい気候に対応する設計となっており、温暖化に伴う降水量の増加に対処できない可能性があるのです。
そこで研究チームは、過去数十年でオーストラリア全土のPMP推定値がどう変化したか、また、今後の気候変動によりPMPがどれほど増加するかを調べることにしました。

本研究では、オーストラリアの大手水事業者10社とオーストラリア各地のダム所有者が資金提供し、既存の気象記録の再解析と、これまで含まれていなかった過去20年間の気象データを追加した上での分析を実施。
加えて、最新の気候シナリオモデリングを組み込み、将来的に起こりうるPMPの変化を計算しました。
その結果、PMP推定値は過去60年間にオーストラリア全土で増加しており、予測される大気中の水分量の増加により、今後さらに増加することが明らかになったのです。
最悪のシナリオ(環境政策が実施されず、2100年まで炭素排出量が増加し続けた場合)では、オーストラリア全土にある546基の大規模ダム地点でのPMPが平均38%も増加する可能性が示されました。
最も保守的なシナリオでも、PMPは平均13%増加すると算出されました。
つまり、オーストラリアにある既存のダムの多くが、潜在的なキャパオーバーの危機にさらされているのです。
それに付随して、洪水の発生件数も増加すると予想されます。

研究主任のヨハン・ヴィサー(Johan Visser)氏によると、現在オーストラリアで採用されているPMP推定の手法は、最後に更新されたのが1990年代後半から2000年代初頭であるという。
したがって、温暖化が特に進行した過去20年分の気象データは含まれていないのです。
共同研究者で、メルボルン大学のローリー・ネイサン(Rory Nathan)氏はこう話します。
「これはオーストラリアだけの問題ではなく、世界のどの国でも、PMP推定に使用する手法は更新されていません。
今回の研究結果は、これらの手法を世界的に見直す必要があることを示す最初の証拠となるものです」
これと合わせて、UNSWで土木環境工学を専門とするアシシュ・シャルマ(Ashish Sharma)氏は「大規模ダムの建設を計画しているエンジニアは、50年から100年先の気候シナリオまで考慮しなければならない」と指摘しました。
早急な温暖化対策に加え、世界各地での降雨モデルの見直しとそれに見合ったダムの改善をしなければ、今後の洪水被害は止めることができないかもしれません。