臨死体験の大規模研究からみえた「死の脳科学」
古来より、死の淵から蘇った人々のなかには一定の割合で「臨死体験」を報告する人がいました。
それら体験談によれば、臨死体験中はしばしば明晰夢のように明確な意識が保てており、現実と同じような思考や記憶も可能であったとされています。
また臨死体験の内容も夢とは異なり、忘れていたはずの記憶や普段は封じている意識の深部にアクセスするような、特異な内的体験も報告されています。
臨死体験は主にオカルトの分野で語られますが、多くの人で共通した体験が見られることから何らかの脳科学的なメカニズムが隠されていると考えられます。
しかし現在に至るまで臨死体験にかんする研究はほとんど進んでおらず、死ぬ間際に脳に起こる反応については謎に包まれていました。
そこで今回ニューヨーク大学の研究者たちは、病院に入院している患者たちを対象に、患者が心停止してから蘇生するまでの間の脳活動を記録し、蘇生が成功した場合には臨死体験を報告してもらうことにしました。
結果、調査期間内に567人の心肺蘇生術が行われ、生存者たちの20%において臨死体験が報告されました。
また臨死体験の内容を分析したところ、患者たちの多くは明晰な意識を維持しており、①体から分離した知覚(離脱)、②過去の出来事の客観的な観察、③自分の人生に対する評価、など、これまでに感じたことがない体験をしていたと報告しました。
また研究者たちが他の研究で報告されている夢や妄想、幻覚でみられる一般的な内容と比較したところ、臨死体験の内容がそれらとは異なる、極めてユニークなものであることが判明しました。
この結果は、臨死体験は夢や妄想、幻覚とは本質的に異なる脳のメカニズムが働いている可能性を示します。
しかしより興味深い結果は、臨死体験中の脳活動にありました。
今回の研究では、調査対象となった患者が心肺停止した場合、心肺蘇生が行われるまでの間に脳波測定が行われました。
(※患者たちの心肺停止は意図的に起こされたものではありません。また脳波測定は心肺蘇生術の邪魔にならないように行われています)
結果、心肺停止中の患者の脳では、アルファ波・ベータ波・シータ波・デルタ波・ガンマ波を含むさまざまな脳波が測定されました。
これらの脳波の一部は通常、「意識」「思考」「記憶の思い出し」「対象が何であるかを認識する意識的知覚」など高度な精神機能を実行しているときに発生するものでした。
どうやら臨死体験中の脳内では、明晰夢ならぬ明晰死の状態にあり、明確な意識のもとに死の淵の先行体験が行われていたようです。
しかしそうなると気になるのが、臨死体験の内容です。
なぜ私たちは心臓が止まって死の淵にあるとき、①体からの離脱感覚②過去回想③これまでの人生評価など、共通した特別な体験をするのでしょうか?