細菌への感染か、狭い空間への不満か?
牧場主のミャオ(Miao)さんは11月4日、場内の一区画の監視カメラに、円を描いて歩く羊の群れが映っているのに気付きました。
当初は数頭の羊だけでしたが、徐々に数が増え、最終的には何十頭もの羊がサークリング行動に参加したといいます。
最も驚くべきは、この集団行動が一時的なものではなく、それから12日間も間断なく続けられたことでした。
途中、数頭の羊が輪の中心で佇んだり、輪から外れることはあったものの、円そのものが途切れることはなかったという。
こちらが監視カメラで捉えられた実際の映像です。
The great sheep mystery! Hundreds of sheep walk in a circle for over 10 days in N China’s Inner Mongolia. The sheep are healthy and the reason for the weird behavior is still a mystery. pic.twitter.com/8Jg7yOPmGK
— People’s Daily, China (@PDChina) November 16, 2022
このニュースは今月16日に、中国の機関紙「人民日報」がTwitter上に掲載したことで世界中に拡散されました。
ミャオさんは、場内にある34の羊牧エリアのうち、13番の囲いだけで謎のサークリング現象が起こったと説明しています。
またこの「13」という不吉な数字がネットユーザーのオカルティックな妄想に拍車をかけたようです。
それでも「エイリアンの侵略」や「終末世界の訪れ」といった指摘の中で、科学的な見解を示す声も見られました。
最も多かったのは「リステリア症にかかったのではないか」という説です。
リステリア症とは、真正細菌の1種「リステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)」によって起こる細菌感染症です。
ヒトと動物の両方に感染しますが、特に家畜では、貯蔵環境の悪い飼料(干し草など)で細菌が増殖し、それを食べることでリステリア症を発症します。
リステリア症は、脳幹の片側だけに集中して感染するため、動物の顔の半面が麻痺し、頭が斜めに傾くことで回転しながら歩くようになってしまうのです。
これを「回転病(circling disease)」と呼んだりもします。
字面だけを追っていくと、羊が集団でグルグル回り続ける原因としてこの説はかなり妥当な推論に聞こえます。
しかし、豪メルボルン大学(University of Melbourne)の獣医薬理学者であるアンドリュー・フィッシャー(Andrew Fisher)氏は「羊の群れの状態を見る限り、リステリア症の可能性は低い」と指摘します。
というのも、リステリア症は家畜の1〜10%でしか感染せず、これほどの群れに集団感染することはありません。
また、感染すると健康状態が急速に悪化し、たいていは24~48時間以内に死亡します。
それから、これに付随する回転病は、映像内の羊たちのように綺麗な円は描かず、単体でのたうち回るような様相を呈すとのこと。
映像を見ても、羊の歩行や健康状態に異常はないため、リステリア症の線はかなり薄いと思われます。
そこで考えられるもう一つの説は、ストレスや退屈に対処する繰り返し行動です。
動物はよく、狭い檻や囲いに入れられると強いストレスや欲求不満を感じて、同じ場所を何度も行ったり来たりします。
これに加えて、羊には「リーダーや群れの動きに従い、どんな場所にもついて行く」という習性があります。
つまり、狭い環境に不満を覚えたリーダー格がグルグル周り始め、それに他の羊たちが追随したのかもしれません。
しかし、この習性が12日間も続いたサークリングの理由を説明できるかどうかは、また別の問題です。
さらに、13番の囲いでのみ起こった理由も今のところ不明です。
とりあえず、現時点ではXファイル的な出来事は起こっておらず、死亡したり健康を損ねた羊もいないようです。
不思議な現象と考えるよりは、単純に退屈した羊たちの無言の訴えと捉えるのが妥当でしょう。