光ピンセットを使って原子をキャッチボールすることに成功!
光ピンセットを使って原子をキャッチボールすることに成功! / Credit:Hansub Hwang et al . Optical tweezers throw and catch single atoms (2022) . arXiv
physics

光ピンセットを使って原子をキャッチボールすることに成功!

2022.12.21 Wednesday

原子サイズのキャッチボールが実現しました。

韓国科学技術院(KAIST)で行われた研究によれば、光を使って物体を掴む光ピンセット技術を用いて、原子を放り投げて後に再補足する、原子レベルのキャッチボールに成功した、とのこと。

これまでにも光ピンセットを使った原子レベルの操作は行われてきましたが、既存の方法は原子を目的地に輸送するまで光ピンセットで「掴み続ける」必要があり、原子の状態に少なからぬ影響を与えてしまいます。

そのため、もし「掴み」対象となる原子が量子コンピューターのビットとして機能していた場合、量子もつれが崩壊して計算エラーが起きる可能性がありました。

ですが新たな方法では、2つの光ピンセットの一方を加速器、もう一方を減速器として用いることで、原子を目的地に投げ飛ばすようにして輸送することが可能なため、原子の状態を保つことが可能になります。

研究者たちは、量子コンピューターのビットとして機能している粒子を同じように状態を保ったまま投げて移動させることができれば、量子コンピューティングと量子通信を同時に実現できる「飛ぶ量子メモリ」を実現できると述べています。

しかし、そもそも光ピンセットはどうして、光を使って物体を掴むことが可能なのでしょうか?

今回は光ピンセットの基本原理を解説しつつ、新たな研究成果を報告していきたいと思います。

研究内容の詳細は2022年12月2日、プレプリントサーバーである『arXiv』にて発表されました。

光ピンセット(LOT:Laser Optical Tweezers) https://www.elec.chubu.ac.jp/kuzuya-Lab/LMT-j.htm レーザパッキング・コロイドエピタキシ http://web.tuat.ac.jp/~iwailab/index.files/Sub2_Research_J_1.html GROUNDBREAKING INVENTIONS IN LASER PHYSICS(PDF) https://www.nobelprize.org/uploads/2018/10/advanced-physicsprize2018.pdf 丸尾昭二「光で操るマイクロ・ナノマシン」日本物理学会誌 60巻3号, 180-186, 2005年 https://www.jps.or.jp/information/docs/60_180.pdf
Optical tweezers throw and catch single atoms https://arxiv.org/abs/2212.01037

光ピンセットの基本原理

光ピンセットの基本原理
光ピンセットの基本原理 / Credit:Canva

ピンセットを一言で例えるならば

『光の焦点で小さな粒子を固定する技術』

となるでしょう。

小さな粒子を操作するには小さなピンセットが必要ですが、通常のピンセットをどんなに小さくしても、原子・分子サイズの物体を動かすことはできません。

そのため光ピンセット技術では、粒子を動かすのではなく「粒子に動いてもらう」ことで固定を実現させています。

光の波長よりも大きなマイクロサイズの粒子の場合

光ピンセットで小さな粒子を掴む原理は、粒子のサイズが光の波長より大きいか小さいかによって異なります。

光の波長よりも粒子サイズが大きい場合、主に働くのは運動量の変化です。

たとえば次の図のように、直進するレーザー光の焦点から少しズレた位置(図では左より)に粒子を置いた場合、当たった光が屈折して曲がります。

光の波長よりも大きなマイクロサイズの粒子の場合
光の波長よりも大きなマイクロサイズの粒子の場合 / Credit:wikipedia

光には質量がありませんが運動量が存在します。

そのため、光の進行方向を変えた粒子はことき反作用を受け、光の屈折とは逆の方向に力が働きます。

光の波長よりも大きなマイクロサイズの粒子の場合
光の波長よりも大きなマイクロサイズの粒子の場合 / Credit:wikipedia

わかりやすく粒子に腕を生やすと、上の図のように、光を左方向に曲げたぶんだけ粒子は中央寄りに移動します。

同様の光を屈折させてしまった影響は粒子が焦点より右側にある場合にも、焦点の先や後ろにある場合にも働き、粒子を焦点に近づける力が働きます

結果、粒子は光の焦点近くで掴まれたように固定されることになり、光ピンセットが実現します。

光ピンセットを使って直径5μmの粒子を掴んで移動させている様子
光ピンセットを使って直径5μmの粒子を掴んで移動させている様子 / Credit:中部大学

上の動画では実際に、光ピンセットを使って直径5μmの粒子を掴んで移動を停止させている様子が示されています。

光の波長よりも小さなナノサイズの粒子の場合

光の波長よりも小さなナノサイズの粒子の場合
光の波長よりも小さなナノサイズの粒子の場合 / Credit:東京農工大学 . レーザパッキング・コロイドエピタキシ

光の波長よりも小さな粒子を掴む場合は、先程の説明とは違った要因が働きます。

ナノサイズの粒子に光が当たると、粒子内部にプラス極とマイナス極が出現する「分極」が起こり、周囲には中央に向けて光の密度が高まっていく不均一な力場が発生します。

そしてこの場のもたらす光の圧力(勾配力)により粒子は、より光の密度が高い場所(焦点)に向けて吸い込まれるように移動し、固定されることになります。

(※実際の粒子の位置は左側から当たる光の圧力によりやや焦点より右側(下流)に位置します)

研究で使われた粒子「ルビジウム原子」は光の波長より圧倒的に小さいナノサイズの粒子であるため、光ピンセットの固定能力も光の圧力(勾配力)の強さに依存しています。

しかし単に原子を掴むだけならば、過去の研究で何度も行われています。

たとえば2018年に行われた研究では、光ピンセットでつまみ出したわずか2個の原子から化学反応を導くことに成功しています。

そこで今回、研究者たちは新たな要素を加えました。

次ページ掴めるならば投げられるはずだ

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