トンボは人間の5倍速い世界を生きている⁈
ヒーリー氏は今回、多数の先行研究から、光のフリッカー(点滅)実験により生物の「時間知覚(または時間分解能)」を測定したデータを集め、分析しました。
時間分解能とは、ごく簡単にいえば、動いているものでも止まって見える能力を指します。
この実験では、光の点滅に対して視神経が情報を送るスピードを「網膜電図(ERG)」という特殊な装置で記録し、各生物が光の点滅をどのくらい速く感知できるかを測定しました。
※ 網膜電図とは、光を感じた際に網膜が反射的に発生させる電位の変化を記録したもの
具体的には、光の点滅を一定の時間の中で繰り返し、その頻度が小さいときはフリッカー(ちらつき)を感じ、頻度が高いときは点滅が融合して持続した光に見えます。
パラパラ漫画をイメージすると分かりやすいかもしれません。
要するに、時間分解能を測るとは、パラパラ漫画が一連のアニメーションに見える前に、一コマ一コマを識別できる限界ラインを調べるようなものです。
ここでは例えば、1秒間に50回のフリッカーを知覚できるのであれば、時間分解能は50Hz(ヘルツ)と表現されます。
※ 1ヘルツは「1秒間に1回の周波数」と定義される
これを踏まえヒーリー氏は、この種の研究としては過去最大規模となる100種以上の生物を対象として時間分解能を調査。
その結果、まず人間の時間分解能は平均して65Hzであることが判明しました。
つまり、1秒間に65回の速さなら光の点滅を感知できるということです。
また私たちの身近にいる犬は75Hz、水の流れの急な川に住むサケは96Hzでした。
脊椎動物の中で最も高い時間分解能を持つのは、スズメ科のヒタキで146Hzとなりました。
生物の時間知覚には、どのような環境でどの様なペースで生活しているかが影響しているようです。
そして、生物界ナンバーワンの時間分解能を持つのは、トンボとクロバエで300Hzでした。
これは人間の約5倍に匹敵する数値で、私たちの動きがスローに見えるのも納得です。
ヒーリー氏は「まるでマトリックスの弾丸タイムのような世界でしょう」と表現しています。
それから、最も低い時間分解能を持つのはオニヒトデの0.7Hzでした。
彼らは4秒に3回、つまり1秒間に1回以下の点滅しか知覚できないことが分かりました。
トンボやハエと比べると、約400倍もの開きがあります。
ヒトデは非常にスローな世界でゆったりとしたペースで生きているようです。
同じ地球に住みながら、トンボとヒトデでは感じている世界がまったく違うのでしょう。
ヒーリー氏はこう話します。
「ヒトデの世界では、すべてがぼんやりとしか見えないのです。
彼らの時間知覚がこれほど遅いのは、食料を得るのに素早く動く必要がないからでしょう。
たとえヒトデがおいしいサンゴを見つけるのに時間がかかったとしても、サンゴは変わらず同じ場所にいてくれます。
一方で、サメのような捕食者は、絶えず動きまわっている魚を捕らえるために、より速く知覚する必要があるのです」
実際に今回の研究では、動きの速い捕食者ほど、時間分解能が高いことが示されました。
時間分解能の高さは、それぞれの生物が普段身を置いている環境のスピード感にも左右されるようです。
ちなみに時間分解能は、人間を含め、同じ種内でもばらつきが出ることが過去の研究で明らかになっています。
たとえば、サッカーのゴールキーパーは一般人に比べて時間分解能が高いことが分かっています。
ゲームプレイヤーでも人間の時間分解能と言われる65Hzと同じリフレッシュレートのモニタでは、遅すぎるという人もいるようです。
普段から高速のものを追うトレーニングをしていれば、時間分解能も鍛えられるかもしれません。