脳細胞を刺激して失われた記憶を呼び覚ます
徹夜での試験勉強が全く身にならないのは、古くから知られている事実です。
徹夜勉強は翌日のテストでの赤点を回避するのには役立つかもしれませんが、テスト期間が終わると驚くべき速さで覚えたことを忘れてしまいます。
睡眠不足と記憶の関係は脳科学分野においても大きな研究テーマとなっており、睡眠不足によって脳のタンパク質レベルや脳細胞構造が変化して、一種の健忘症のような状態を引き起こしていることが明らかになってきました。
過去に行われた研究でも、学習後の睡眠が記憶の定着にとって非常に重要な役割を示すことが示されています。
しかし既存の研究では、睡眠不足が記憶の完全な喪失を起こしているのか、記憶へのアクセスを難しくしているだけなのかはよくわかっていませんでした。
そこで今回、フローニンゲン大学の研究者たちは学習後の睡眠不足が記憶に及ぼす影響をマウスを用いて調べることにしました。
この実験では、まず光遺伝学という手法を用いて海馬に光を当てると、人為的に活性化できる遺伝操作されたマウスを用意します。
そしてマウスたちを、複数のオブジェが配置された飼育ケージに入れ、ケージ内の環境を学習させました。
マウスがケージ内のオブジェ配置を学習したら、研究者たちはマウスを2グループにわけて一方を睡眠不足の状態にします。
そして数日後、研究者たちは2つのマウスグループを再びオブジェが並ぶケージに移動させ、様子を観察しました。
ただし今回はケージ内に、新たにもう1つ別のオブジェが追加されています。
マウスは好奇心が強い動物であり、見慣れた環境内に知らないオブジェが置かれていると近寄って積極的に観察しようとする性質があります。
そのためケージ内の環境をきちんと記憶していたマウスは、新たに追加されたオブジェに反応して集中的に観察するようになります。
すると、今回の実験では、きちんと睡眠をとったマウスは新しいオブジェに反応を示しましたが、睡眠不足のマウスのグループは追加オブジェに反応しなかったのです。
この結果は、睡眠不足のマウスでは数日前のケージ内の環境にかんする記憶が失われていることを示します。
ではこのとき、睡眠不足のマウスは数日前に学習したケージ内の環境という記憶を失ってしまったのでしょうか? それとも単に記憶に上手くアクセスできなくなっているだけなのでしょうか?
ここで研究者たちは、睡眠不足のマウスたちの海馬を光を使って活性化させます。
(※実験に使用されたマウスたちは光をあてられた脳細胞が活性化するように遺伝子を操作されています)
すると驚くべきことに睡眠不足のマウスたちもちゃんと睡眠できたマウスと同じように、追加オブジェクトを認識して集中的な観察を行うようになったのです。
この結果からは、睡眠不足にともなう健忘症が、記憶を真に失うものではなく、単に記憶へのアクセスが困難になっているだけであることを示しています。
光遺伝学によって、薄れた記憶を蘇られることができるというのは朗報です。
しかしこの手法(光遺伝学的手法)は遺伝子組み換えに加えて脳に光ファイバーを差し込む必要があり、私たち人間が気軽に利用できるものではありません。
そこで研究者たちは同じ効果をより簡単に利用するため、「薬物」で代替できないか試すことにしたのです。