心理的な「ハイ」への欲求は霊長類の祖先に遡るもの?
精神を高揚させて「ハイ」になろうとする行動は、人間が生まれながらにして持っている欲求のようです。
お酒や薬物の摂取は言うに及ばず、宗教ではイスラム教のスーフィズムなど、トランス状態に陥るまで回転し続けて神との交信を果たすという教義があります。
では、人類に備わっているこの奇妙な欲求はどこから来たのでしょうか?
これについて専門家の間では「ホモ・サピエンス(現生人類)が誕生するずっと以前に、類人猿の祖先たちが獲得していたのではないか」とする見方があります。
というのも、ゴリラやチンパンジー、ボノボ、オランウータンなどの類人猿で、人間の子供と同じような「回転遊び」が頻繁に確認されているからです。
たとえば、こちらの動画をご覧ください。
これは米テキサス州のダラス動物園で飼育されているゴリラが子ども用プールで回転する様子を捉えたものです。
スーフィズムに劣らぬ見事な回転ですが、研究主任のアドリアーノ・ラメイラ(Adriano Lameira)氏とマーカス・パールマン(Marcus Perlman)氏は、この動画を見て今回の研究の着想を得たという。
ラメイラ氏は次のように話します。
「回転は私たちの知覚や意識状態を変化させ、心身の反応や協調性を狂わせて、気分を高揚させたり陶酔させるための最もシンプルな行為です。
そこで私たちは、人類の祖先である類人猿が意図的に回転行動をしてめまいを起こし、意識状態の変化を積極的に求めているかどうかを確かめたいと考えました」
子供たちが回転動作を好むのは、メリーゴーランドを代表するような景色の流れを楽しむためです。そのため目が回ってしまうことは、むしろこの遊びの不利益と言えるものでした。
しかし、宗教儀式のようにトランス状態を求めるのであれば、むしろ回転の目的は景色の変化ではなく、めまいによって自分の意識が変化する方にあるはずです。
もしかすると類人猿の回転は、子供のように単に景色の流れを楽しんでいるのではなく、何かもっと高度な意識の変化を楽しんでいるのではないでしょか。
これは人類がトランス状態やトリップ感を強く求めるようになったルーツを探るものです。
両氏はユーチューブ上から40本の回転動画を集めて、サルたちの回転数や回転スピード、回転後の状態などを分析。
種類はゴリラやボノボ、チンパンジー、オランウータン、テナガザルなど多岐に渡り、道具なしにその場で回転するものもいれば、植物のツルや飼育場のロープにぶら下がって回転するものもいました。
それぞれの回転数やスピードには差がありましたが、平均すると1秒間に約1.5回(最速だと毎秒5回)の割合で、一度に少なくとも5回は回転していました。
中にはフィギュアスケーター顔負けのスピードで高速回転するチンパンジーも見られています。
そしてその多くに共通していたのは、回転後にめまいやふらつき、転倒といった状態変化が起きるまでこの行動を続けることでした。
これは類人猿たちが自己認識や知覚の変化を自発的に求めていることを示唆するものです。
今回の研究はまだ初歩的なものであり、類人猿たちが回転によって明確に「トランス状態」に入ろうとしているのか、それとも人間の子供のように目の回る感覚を純粋に楽しんでいる遊び程度のものなのかは断定できません。
しかし両氏は、ゴリラやチンパンジーに比べて知能の劣るテナガザルでも回転行動が見られたことは、精神状態を変えようとする欲求が霊長類においてかなり根深い進化の根を持つことを示唆すると述べています。
これまでの精神的高揚やハイになるという欲求は、アルコールや薬物の使用と関連付けて調査されてきました。
しかし、回転運動はお酒や薬物のような高度なツールや知識を必要とせずにトランス状態を得られる手段であり、より原始的なハイになる欲求を調べるために利用できると研究者たちは語っています。
心理的に「ハイ」になろうとする人間の欲求は、歴史的にも文化的にも非常に普遍的なものですが、それは私たちが発明したものではなく、霊長類の遠い祖先から受け継がれた特質なのかもしれません。