1マイクログラムの「シュレーディンガーの猫」
シュレーディンガーの猫の思考実験では、1時間以内に原子の崩壊が起こって放射線が発生た場合、放射線を検出した装置が毒を発生し、最後に猫が死にます。
新たに行われた実験では起点として、崩壊して放射線を発する原子の代りに量子コンピューターの量子ビット、毒発生装置の代りに圧電素子、猫の代りに振動するサファイア結晶が用意されました。
この量子ビットは0か1かの2つの状態が重ね合わさで存在しており、圧電素子を含む回路に組み込まれています。
圧電素子は圧力によって発電したり電圧を加えると発電する機能をもった素子です。
研究では、この圧電素子が1マイクログラムのサファイア結晶に接続されました。
つまり量子ビット➔圧電素子➔サファイア結晶の流れとなります。
その様子を図で示したのが以下のものになります。
この回路では、サファイア結晶は圧電素子の働きかけを受けると振動するように作られており、圧電素子への働きかけを起こす量子ビットの性質によってオンとオフの両方の状態が重ね合わさっています。
これにより最初の量子ビットのオンとオフの重ね合わせ状態がサファイア結晶の振動と静止の2つの運動状態の重ね合わせに連動することになります。
またこうすることで回路全体の挙動を量子力学的なものに統一することが実現し、オリジナルのシュレーディンガーの猫では不可能だった「観測するまで状態が決定できない」という環境を整えることが可能になりました。
(※観察前に量子ビットの状態が決定することはあり得ないため、観察前にサファイア結晶の振動状態が決まっていた可能性を潰せました。また量子ビットを使って結晶の振動状態を検出することも可能でした)
なお実際の実験ではサファイア結晶の振動がどのように減衰していくかが調べられ、結晶の振動パターンが量子ビットの重ね合わせに依存した量子力学で予想されるものか、それとも古典力学で予測されるものかが検証されました。
結果、結晶の振動パターンは古典力学で説明できず、量子力学的な特性を持っていることが判明します。
この結果は、1マイクログラムのサファイア結晶というギリギリ肉眼で観察できるマクロ世界の物体にも、量子力学的な状態の重ね合わせが発生し得ることを示します。
以前の二重スリット実験をつかった状態の重ね合わせでは重ね合わせを起こせるサイズが2000原子ほどでしたが、今回の研究で量子状態に陥った1マイクログラムのサファイア結晶には1京個(10の16乗個)の原子が含まれています。
また重要なこととして、実験装置を改良することでさらに大量の原子を含む物体を量子的重ね合わせに移行できる点があげられます。
目的は、量子効果が起こるサイズに限界があるかどうかを調べることです。
既存のシュレーディンガーの波動方程式をもとにすると、量子効果が起こるサイズには基本的に限界がなく、理論的には1キロの金塊が2つの異なる場所に同時に存在することもあり得ます。
ですが現実問題として、そんな奇妙な事実が観測されたことはありません。
つまり理論と現実の間に壁があるわけです。
そのため研究者たちは純粋なシュレーディンガーの波動方程式を現実の世界に適応させるには、大きいほど重ね合わせが起こりにくくなる事実を何らかの形で方程式に追加の項として組み込む必要があると述べています。
現在の理論では、サイズが大きくなるにつれて重ね合わせが起こりにくくなることは、将来的に、量子力学の範囲に組み込むことが可能だと考えられています。
もしそのような項が発見されれば、重ね合わせが起こる上限の理論値も得られる可能性があります。
それに有名なシュレーディンガーの方程式を修正する必要があるかを調べることは非常に興味深いことです。
(※既存の方程式に新たな項を加えて現実を反映するものに改造することはアインシュタインなども行っています。その有名な例として宇宙項があげられるでしょう。宇宙項の導入により宇宙が指数関数的に膨張しているという結果が得られます)
もしかしたらそう遠くない未来、ミクロの世界を記述する量子力学とマクロの世界を記述する古典力学の間の中間質量領域での量子の挙動を示す、新たな方程式が完成しているかもしれません。
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