細菌は休眠状態に入ることで遠い未来で復活できる
科学のニュースではしばしば「〇〇万年前のバクテリアが実験室で復活した」という話題が登場し、細菌の生命力の凄まじさは多くの人々を驚かせます。
たとえば2020年に発表された研究では、海の底で1億年以上も休眠状態にあった細菌が、長期に渡る培養の末に復活したことが報告されています。
またこれまでの研究により、細菌たちの耐久力の秘密は胞子に変身する能力であることがわかっています。
環境が厳しくなると細菌たちは細胞の周囲に硬い殻のような保護層を形成し、一切の生命活動を停止して胞子となります。
この状態になると、極端な暑さや乾燥、さらに毒性の高い化学物質や抗生物質に対しても高い耐性を持つようになります。
暑さや乾燥、殺菌剤や抗生物質は、活発に動いている細胞の化学反応を妨害することで死に導きますが、胞子の生命プロセスは既に停止しているためほとんど影響を受けません。
(※活動中の細胞をエンジン、毒を異物に例える場合、異物の混入はエンジン自身の動きに異常を起こしてエンジンを破壊してしまいます。しかしエンジンが止まっている場合にはいくら異物をつめてもエンジンは壊れません)
そして時間が経過して周辺環境が再び生存に適した状態になると、細菌たちは胞子の殻を脱ぎ捨て、再び生命活動を開始します。
またこれまでの研究にで、「復活」において重要な働きをするのが外部の栄養をを感知する「栄養センサー」であることがわかりました。
しかし、センサーがいったいどんな手段で細胞内に「目覚めの信号」を送り、その信号が細菌の復活をどのようにスタートさせるかは謎となっていました。
信号を送ったり、受け取った信号から目覚めにつながる反応を起こすには、たとえ微弱であってもエネルギーが必要となります。
しかし休眠中の細菌では肝心の生命活動が完璧に停止しており、目覚めに必要な信号の授受を実現させるエネルギーが存在しません。
結果、ある種の「パラドックス」が発生することになります。
(※人間でたとえるならば、通常の人間は眠ていても目覚ましで起きてくれますが、人工冬眠の処理を施した人間は目覚ましの音を聞いたところで、全身の神経が正常に機能していないため、いくら煩く信号を送っても起きてくれません)
しかし現実の細菌たちは何らかの方法で、このパラドックスを回避し、遥か未来で華麗な復活を遂げています。
つまり「目覚めの信号」は細胞の生命活動に依存しない、もっとエコな方法で発せられている可能性があったのです。
そこで今回ハーバード大学の研究者たちは、栄養センサー自体が栄養素と結合すると「変形」を起こす可能性に着目します。
細胞には生命活動を円滑に行うための複数のセンサーが存在しており、いくつかは特定の物質に結合すると「変形」を起こすことが知られていました。
たとえば神経などに豊富に存在するイオンチャンネルと呼ばれるセンサーは内部がトンネルのような構造をしており、特定の物質が結合すると内部の穴が開いて電荷をもったイオンを通過させる仕組みを持っています。
またトンネル型のセンサーのなかには、あらかじめ曲がったバネのように構造に力学的・電気的な力を蓄えているものがあり、目的の物質が結合すると歪みが解消されてイオンが通行可能な形に「変形」するものもあります。
もし似たような仕組みが細菌の栄養検知センサーに採用されているならば、栄養素の結合によって変形を起こし、イオンの流れが発生するはずです。
(※生物学的に言えば「栄養素の結合によって変形するチャネル型の受容体」となります)
またそうして発生したイオンの流れは電気的なエネルギーを持った「信号」となる可能性がありました。
ただ当初、この斬新なアイデアは否定的に受け止められました。
というのも、これまでの研究によって細菌の栄養センサーであることがわかっているタンパク質は内部に通れそうな空洞が存在しておらず、トンネル型とは程遠いものだったからです。
しかし研究者は自分の直感を信じました。
栄養センサーとして知られるタンパク質がたとえトンネル型でなくても、束になれば内部に通り道ができる可能性があったからです。
たとえば、上の図のように、円筒状の缶は単独では上下に通り抜けられる空洞を作れませんが、何本かを束ねると内部に空洞を作ることができます。
ただ複雑な作りをしているタンパク質が、いったいどんな組み合わせをしたらトンネル状になってくれるかは、人間の頭で考えることは困難でした。
そこで登場するのが最新のAI「AlphaFold」でした。