脳死「していない」患者からの臓器移植が主流になりつつある
一般に知られる臓器移植の多くは、既に脳死した患者や自然死直後の患者など「ヒトとしての死」が認められている個人から行われます。
脳死は上の図のように意識や記憶、感情を司る大脳だけでなく、運動や姿勢制御を担う小脳、そして呼吸や循環機能を司る脳幹まで脳全体の機能を失った状態になっており、回復する可能性は皆無となっています。
また脳死状態になった場合、人工呼吸器によってしばらく心臓を動かし続けることが可能ですが、多くの場合、数日で心臓も止まってしまいます。
ただなかには長期脳死と呼ばれる珍しいケースも確認されており、脳死後も長期(最大で10年以上)にわたって心臓が鼓動し続け、児童の場合、その間にも体の成長が確認されました。
そのため「脳死はヒトの死」とする現代の医学的な解釈に納得できない人々も多く存在しています。
ただ長期脳死の場合であっても、脳の全ての機能が不可逆的に失われていることには変わりなく、意識や自力呼吸の回復は望めません。
しばしば「脳死判定を受けた患者が意識を取り戻した」とする話が聞かれますが、そのような場合の多くは「判定ミス」が原因となっており、本当の脳死状態から意識を回復させたひとは絶無となっています。
一方で「脳死はヒトの死」とする見解は徐々に一般の人々に広がりつつあり、欧米などでは脳死した患者からの臓器提供によって多くの人々の命が救われています。
しかし現状では臓器移植の需要に対して供給が圧倒的に不足しています。
たとえば米国では移植待ちのリストには既に10万人以上が登録されていますが、多くは移植を受けられず、毎年6000人以上が死亡しています。
そこで近年「まだ脳死していない患者」から臓器を調達する方法「DCD(donation after circulatory death)」が注目されるようになってきました。
DCDの対象となる患者は脳死状態にないものの既に昏睡状態にあって意識を取り戻す希望もなく、余命もほとんどありません。
ただ脳が生きて心臓も止まっていない患者は法的にもまだ「生きている」状態にあるため、このままでは心臓などの臓器を摘出することができません。
そこでDCDではまず生命維持装置を停止させることで、患者を死のプロセスに導き、心臓の鼓動が5分間停止した状態にあることが確認されます。
こうすることで患者は心停止によって死んだことになります。
現在多くの国では、全脳機能と全循環機能の2つのうち一方もしくは両方を達成することが死の条件となっているからです。
一方、近年の研究により、心臓・肺・肝臓・腎臓などは心停止に対して一定の耐性を持っており、素早い処置によって臓器としての機能を回復できることが知られています。
そのため患者の死が法的に確定すると直ぐに臓器の摘出が行われて、酸素と血流を行うための循環装置に繋がれ、移植が行われるまで回復と維持が行われます。
ただ生命維持装置の停止、患者の死亡認定、臓器の摘出、循環装置への接続など、DCDは複雑な過程を経る必要があるため、救える臓器と救えない臓器が出てしまうことがありました。
移植に使う臓器を1つ1つ摘出してそれぞれを循環装置につなぐのも、煩雑さを増すものです。
そこで既存のDCDを改良する「NRP(normothermic regional perfusion)」が登場することになります。
DCDは死亡認定された人体からすぐに臓器を取り出しましたが、NRPでは再活性化した死体を保管容器として活用します。