傷の形が変わると細胞の動きも変わる!
傷の治癒には、皮膚や臓器の表面を覆う「上皮細胞」の移動によって傷口を塞ぐプロセスが必要です。
これは開いた傷口に橋を架けるような動きをすることからギャップ・ブリッジング(gap bridging)とも呼ばれます。
実はこれまでの研究ですでに、波状に曲がった傷口の方が真っ直ぐな傷口よりも早く治りやすいことが分かっていました。
しかし、どうしてクネクネした傷の方が治りが早くなるのかは解明されていなかったのです。
そこで研究チームは、人間の皮膚を模した人工傷(幅:30μm~100μm)を用意し、直線状のものと波状のものと治癒プロセスがどう違うかを比較しました。
そして観察の結果、直線と波状では傷口周辺の細胞の動きが大きく変わることが分かったのです。
まず直線の傷では、周囲の細胞は傷口に沿って真っ直ぐ平行に移動していました。
ところが波状の傷だと、周囲の細胞が渦を巻くように動き、傷口を横断しやすくなっていたのです。
分かりやすく傷口を道路に例えると、真っ直ぐな傷口では、両サイドの歩道を往く細胞たちが律儀に真っ直ぐ歩いて、傷口をなかなか横断しようとしません。
しかし波状の道路だと、両サイドの歩道を往く細胞たちは渦状に回転するように歩くので、道路を横断して傷口を早く塞いでいました。
つまり、波状の傷口ではギャップ・ブリッジングがより早く始まっていたのです。
その証拠に64時間にわたって人工傷を観察したところ、波状の傷口が直線よりも約5倍早く塞がっていました。
下の画像は、2つの傷の違いがどのような細胞の動きや、傷口の回復の差を見せるか示したタイムラプス動画です。
これを見ると、上述した細胞の動きが傷の形状で異なり、傷の回復速度に差が出る様子がよくわかります。
直線の傷では60時間経過しても完全に傷は塞がっていませんが、波型の傷では40時間を超えた時点でほとんど傷が塞がっています。
同チームのスー・ホンメイ(Xu Hongmei)氏は「波状の傷が引き起こす細胞の回転運動は、直線状の傷と比べて、細胞が傷口を横断する機会を大幅に増やしていました」と説明。
「これにより、傷口を挟んだ反対側の細胞をより素早く結びつき、ブリッジング(橋渡し)をして、傷の隙間を早く塞いでいたのです」と述べています。
医療分野の改善に役立つ
今回の知見は「患者の傷口の治癒を早めるための効果的な医療技術の開発につながる」と研究チームは考えています。
たとえば外科手術において、患者の皮膚や臓器を真っ直ぐではなく、あえて波形に切開することで術後の治りが早くなるかもしれません。
研究主任で機械工学の専門家であるジミー・シャー(Jimmy Hsia)氏は次のように語ります。
「私たちの研究は、メカノバイオロジー(mechanobiology:細胞の内外で発生する力が、細胞や組織の活動にどのように影響を及ぼすのかを研究する学問)という有望な分野に新しい知識を提供し、医療関係者が患者の創傷ケアのためのより良い戦略を開発するのに役立つでしょう」
切開方法の僅かな違いで、手術後の傷の治りが早くなるならば、これはすみやかに実現できる患者の負担軽減に繋がりそうです。