集中力を必要とする「コーナリング時」に瞬きがなくなる
NTTのコミュニケーション科学基礎研究所は、誰もが持てる力を存分に発揮できる社会の実現に向け、心身をコントロールする脳のメカニズムを理解するための研究を進めています。
その中で、トップアスリートが試合で発揮する高度なスキルやメンタルは格好の研究対象です。
しかし、そのスキルやメンタルの背後にある脳の働きは、アスリート自身がほとんど自覚できません。
それを捉えるには、パフォーマンス中の行動を科学的に観測する必要があります。
そこで研究チームは、ダンディライアン所属のレーシングチーム「DOCOMO TEAM DANDELION RACING」と協力し、全日本スーパーフォーミュラ選手権に参戦する3名のトップドライバーを対象に調査を開始。
フォーミュラカーでサーキットを走行中の心身の状態を観測し、卓越したドライビングスキルの背後にある無意識的な脳の働きの一端を解明する研究を行いました。
特に注目したのが「瞬き」です。
これまで、運転中の視線に関する研究は数多くありましたが、瞬きの存在はほとんど考慮されておらず、ランダムに発生していると考えられていました。
瞬きは一般的に「1分間に約20〜30回発生し、1回につき約0.2秒の視覚情報を喪失する」と言われています。
その影響はラップタイム0.1秒の差を争うカーレーサーにとっては甚大です。
時速300キロを超えるフォーミュラカーでは、1回の瞬きで20メートル近くもの視界を失うことになります。
そこでチームは、走行中のドライバーの瞬きをコース上の車両の挙動と合わせて分析しました。
その結果、どのドライバーもコース上のほぼ同じ場所で集中的に瞬きし、周回を重ねてもその位置での瞬きの再現性が極めて高いことが判明したのです。
さらに、この瞬きのパターンは、
(1)ドライバーの瞬きの頻度
(2)ドライバーのラップタイムの速さ
(3)車両の前後左右の加速度
と密接に関連していることが分かりました。
分析によると、ドライバーごとに瞬きの頻度は大きく違っており、ラップタイムが早い周回ほど瞬きのパターンが明確になっています(下図の1と2)。
また車両が大幅に減速するか、横方向に加速しているときに瞬きが強く抑制されていました(上図の3)。
具体的に、これはコーナリング時を指します。
時速300キロ近い状態から急減速してコーナーに侵入していくフェーズで瞬きが止まり、コーナーを抜けて次のセクションに向かうところで集中的に瞬目が発生していました。
つまり、コーナーリング前後の集中力や認知状態の急な変化が、瞬きの抑制および発生に強く反映されていたのです。
以上の結果は、自然に行動している最中の瞬きパターンが、ヒトの認知状態の変化を読み取るための重要な生体指標になることを示唆しています。
今回の調査では、研究者とレーサーが協力することで、時速300キロという過酷な環境下でも、瞬きパターンを通して認知や心理状態を捉えることが可能であることが示されました。
今後はこの瞬きパターンを対象とすることで、他の競技あるいは実生活における身体情報から知られざる認知状態を明らかにできるかもしれません。
非常に興味深い報告であると同時に、こうした研究成果はリアリティのある描写を求める映画監督やアニメーション監督にも喜ばれる情報かもしれませんね。