古代ローマでは金持ちも庶民も「毛抜き」に熱中していた
研究チームが発掘調査を行ったのは、英イングランド西部シュロップシャーにある古代ローマ時代の遺跡「ロクセター・ローマン・シティ(Wroxeter Roman City)」です。
この地はかつて、ブリタンニア(古代ローマ帝国が今日のイギリスに設置した属州)の中でも最大の都市の一つとして繁栄していました。
元々はBC1世紀半ばに軍用の要塞として建設されましたが、AD90年代には大規模な都市が形成され、5世紀頃まで市民が住んでいたそうです。
また人里離れた場所にあったため、ローマ崩壊後の後世でほとんど荒らされることがなく、イギリス国内で最も保存状態の良いローマ都市の一つとなっています。
そして今回、チームがロクセター・ローマン・シティの中心部に位置する2〜4世紀頃の遺跡を発掘していたところ、脱毛用のピンセット50点以上が一度に大量発見されたのです。
ローマ人が入浴や化粧、脱毛など、身だしなみを整えるのに熱心だったことは歴史的によく知られています。
都市ローマの位置したイタリアでは、社会経済的な境界を超えて、金持ちも庶民も化粧や毛抜きに親しんでいました。
共和政ローマ時代の政務官ユリウス・カエサル(BC100〜BC44)などは「体のムダ毛をすべて抜いていた」と伝えられるほどです。
さらに毛抜きの習慣は今回の発見も示しているように、ローマ時代のイギリスにも広がっていました。
今回の発掘調査ではピンセットの他に、香水瓶や宝石、化粧道具、魔除けのお守りなども一緒に出土しており、ローマ人にとって美容がいかに重要であったかを示しています。
またこのエリアは市場や大浴場、コミュニティセンター、法律を制定する公会広場、富裕層の暮らす建物が100件以上も並ぶ都心部であり、人々がたくさん集まっていたことから美容道具も大量に見つかりやすかったのではないかと考えられています。
ローマ人にとって「美は痛み」だった?
一方、ローマ人にとって脱毛はそうラクな仕事ではありませんでした。
というのも、毛抜きをした経験がある方ならお分かりでしょうが、多大な痛みを伴ったからです。
ローマ人たちはしばしば、大浴場に行って奴隷に毛抜きをさせる習慣がありました。
ところが、大浴場では毛抜きの痛みによる叫び声がこだましていたようで、ローマの有名な政治家であるセネカ(BC1〜AD65)は「公衆浴場で毛抜きをしている人々の悲鳴がうるさい」といった内容の手紙を友人に送っています。
またローマ人は比較的痛みの少ない眉毛や髭だけでなく、体毛の中でも頑丈な脇毛の処理もピンセットで行っていました。
発掘チームのキャメロン・モフェット(Cameron Moffett)氏は「見た目を重視するローマ人にとって、脇の下をツルツルにすることはとても重要でした」と話します。
特にレスリングのような露出の多いスポーツをする男性は脇毛の処理が必須だったようです。
脇毛の一本一本をすべてピンセットで抜くことは心身を鍛え抜いたアスリートとは言え、かなりの苦行だったでしょう。
まさに「ローマの美は一日にして成らず」といったところでしょうか。
モフェット氏らは現在、イングリッシュ・ヘリテッジの主導による新たな博物館をロクセター・ローマン・シティでオープンし、今回見つかったピンセットや化粧道具を一般展示しているとのことです。