ピーナッツが「浮き沈み」を繰り返す科学的メカニズムとは?
南米アルゼンチンのある街酒場では、ラガービールの中にローストした殻付きのピーナッツを10粒ほど入れる習慣があるそうです。
そこではピーナッツがジョッキの中で浮き沈みする現象がよく知られていました。
ただ、そんな現象は初めて聞いたという人がほとんどでしょう。それは科学者であっても同様のようです。
独ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン(LMU München)の科学者であるルイス・ペレイラ(Luiz Pereira)氏は、同国の首都ブエノスアイレスを訪れた際にこれを目にし、その物理的なメカニズムを明らかにしようと考えました。
そこでペレイラ氏と同僚は今回、酒場でやられているのと同じ手順で実験を行い、ビールの中で何が起こるのかを調べたのです。
すると確かに、ビールに落としたピーナッツは一度グラスの底まで沈んだ後に再び浮かび上がり、その後もこれを交互に繰り返しました。
この不思議な現象について、ペレイラ氏は順を追って説明します。
まず最初に、ピーナッツはビールより密度が高いので自然とグラスの底まで沈んでいきます。
ビールの中には炭酸ガス、つまり二酸化炭素が溶けており、これはちょっとした刺激によって液体から泡となって抜けていきます。
ピーナッツの表面の凹凸や温度などが刺激となり、気泡が液体から抜けてピーナッツの殻の周りに集まるのです。
この無数にくっついた気泡が浮き輪となって、今度はピーナッツが浮上するというわけです。
ただ、こうした気泡は大抵気泡だけで浮き上がってしまう場合がほとんどです。
なぜ浮き上がるほどしっかりと気泡はピーナッツにくっつくのでしょうか?
これについて研究チームは「ピーナッツの表面とそこに付着した気泡の曲線との”接触角”が大きいほど、気泡が発生し、より多く集まりやすくなることを発見した」と報告しています。
あまり聞き慣れない言葉ですが「接触角」とはなんでしょうか?
例えば、ガラスの表面に水を一滴落とします。するとガラス表面と水滴の曲線の間に角度ができます。
これが「接触角」です。
今回の場合は、この水滴をビールの中の気泡に置き換えて考えます。
すると、ビールの中の気泡はグラスの側面にくっつくときの接触角より、ピーナッツの表面にくっつくときの接触角の方が大きくなることが分かりました。
このとき炭酸ガスは、グラスの表面よりもピーナッツの表面で発生しやすくなります。
ビールはグラスの底からも気泡が浮き上がってきますが、研究者が観察していた中でも、この気泡はピーナッツには影響していませんでした。
シャンパングラスも底に傷をつけると泡がそこから立ち上るという話を聞いたことがあると思います。
同じような原理で、ビールはなめらかなグラスの表面よりも、ピーナッツの表面で積極的に気泡が発生していたのです。
これにより、ビールの中の気泡はピーナッツにより多く集まることになります。
ペレイラ氏は「気泡はグラスの壁よりもピーナッツの上にできることを好んでいた」と話します。
同じ現象は、炭酸水のグラスに指を入れたときにも生じます。
グラスより指の表面の方が気泡との接触角が大きくなるので、気泡がたくさんくっ付きます。
またこのとき、気泡はピーナッツに強くくっつきやすい状態になっていて、より大きな気泡に成長していきます。
そのためピーナッツくらいの重さであれば、たくさん集まった気泡によって浮き始めるのです。
しかしピーナッツが水面に達すると、水面から飛び出した部分の気泡が弾けます。そしてまだ水面下で気泡を維持している部分が回転して浮き上がったり、他のピーナッツとぶつかり合ったりして、次々と気泡が破裂していきます。
するとピーナッツは浮力を失い、再びビールの底へと沈んでいくのです。
ペレイラ氏によると、この浮き沈みはビールの中の二酸化炭素がなくなるか、あるいはビールを飲み干してしまうまでは延々と続くといいます。
ペレイラ氏はこの知見について、単なる雑学にとどまらず、マグマの中の磁鉄鉱(マグネタイト)の浮遊プロセスについても説明できると指摘します。
火山学者らは以前から、地殻の結晶化したマグマの層の中で、磁鉄鉱がなぜか高い層で発見されやすいことを知っていました。
磁鉄鉱はピーナッツのように密度が高いので、一旦はマグマの底の方に沈むはずです。
ところがこれらの鉱物も「マグマ中のガスとの接触角が高いために、気泡が集まって上昇している可能性が高い」とペレイラ氏は述べています。
この上昇過程にあるときマグマが冷えて固まってしまうと、磁鉄鉱はマグマ層の高い位置で見つかる可能性が高くなると考えられるのです。
ただ私たちとしては日常の中の小ネタとして知っておくだけで十分でしょう。ビールとピーナッツがあればこの現象は簡単に実験できるので、ぜひ晩酌や飲み会の場で試してみてください。