催眠術にまつわる6つの俗説とは?
心理学における催眠術は主に、自己肯定感を高めたり、トラウマを克服するための心理療法に用いられています。
これが「ヒプノセラピー(hypnotherapy:催眠療法)」と呼ばれるものです。
私たちの心は一般に、日常生活の表に出ている「顕在意識」と、ほとんど表には出ずに自覚されない「潜在意識」に分けられます。
ヒプノセラピーは、催眠術によって顕在意識を潜在意識へと誘導し、心の奥底に隠れた不安やストレス、トラウマの根本原因を探り、問題の解決や症状の緩和に導く療法です。
しかし「催眠術を使った治療なんて何だか怪しい」と感じる人が少なくありません。
リン氏はそうした誤解を招く原因となっている「6つの俗説」を挙げて、その誤りを指摘しました。
俗説1:催眠状態に入ると「命令」に抵抗できなくなる
催眠術をかけられた人は、催眠術師の指示に自動的に従ってしまう「盲目的服従」を示すと信じられています。
テレビでも、催眠術師の言うことに従って動物になりきる芸人さんを見かけたことがあるでしょう。
しかしリン氏によると、催眠中の行動を本人がコントロールできなくなることはないといいます。
催眠術は誰かの意思を自在に制御できるものと思われがちですが、実際には催眠術師の提案に抵抗し、反対することもできるのです。
俗説2:催眠は当人の意思をなくす「特殊な心理状態」
催眠術は、かけられる人の防衛機構を低下させ、意識の朦朧(もうろう)とした「特殊な心理状態」に置くことと思われています。
確かに催眠術は、当人を潜在意識へと誘導するために心身のリラックス状態を促します。
しかしリン氏は、催眠状態に入っても個人の意思は保たれ、術師の提案にも反応できると答えます。
また最も暗示にかかりやすい人でも周囲の環境を明瞭に認識できるそうです。
催眠は「特殊な心理状態」に置くのではなく、療法士の言葉の誘導によって、混乱した知覚や認知を整理・調整するための一連のプロセスと考えるのが正確だといいます。
俗説3:催眠状態は誰でも同じようにかかるわけではない
催眠の効果が誰に対しても同じであるというのも大きな誤解です。
催眠誘導は人によって反応が大きく異なり、たとえ催眠状態に入ったとしても、ある指示には反応して、ある指示には抵抗することがよくあるといいます。
ですから、催眠のスイッチが入るとロボットのように何でもかんでも聞き入れるわけではなく、逆に、すべての指示を拒否するわけでもありません。
俗説4:催眠反応は「かかっているフリ」
よく見かける催眠療法では、過去の記憶を遡っていきその記憶の中に入り込むというような指示を見かけます。これに対して患者はあたかも記憶の世界を実際に体験しているかのような反応を返します。
こうした催眠療法の場面は、日常から大きく逸脱しているため、催眠反応が本物かどうかという疑問が当然ながら生じます。
「もしかしたら催眠にかかっているフリをしているのでは?」とも考えられるでしょう。
しかし脳スキャンを用いた先行研究では、催眠誘導で暗示された事象と一致する脳領域がちゃんと活性化していることが分かっています。
例えば、ある物や出来事のイメージを見るように誘導すると、視覚処理を行う脳領域が活性化していたのです。
この報告は、催眠効果が神経生理学レベルで表されるという説得力のある証拠となります。
俗説5:催眠術は「高度な専門技術」を必要とする
催眠術には、高度な専門知識や心理誘導するための特殊なスキルを習得しなければならないとも考えられがちです。
しかしリン氏は「催眠術に特殊な技能は必要なく、誰でも催眠誘導を行える」と話します。
実際に催眠術をかけるには、心理誘導をするための手順や、基本的な社会的コミュニケーションの能力を超える特別なスキルは必要ないそうです。
ただし「催眠術の使用については臨床的な訓練を受けた専門家のみが行うべきである」とリン氏は述べています。
俗説6:催眠術によって「遠い過去の記憶」も取り戻せる
催眠術の中には「前世療法」といったスピリチュアルな方面に偏ったものもあります。
前世療法とは文字通り、自分が生まれる前の記憶を呼び戻す催眠術です。
この他にも、催眠誘導によって、当人の意識を過去のある時点に送り込み、その世界で起こったことを情報として持ち帰ることができると主張するケースもあります。
例えば「あなたは今、古代ローマ時代にいます。目の前に何が見えますか?」など。
しかし、学術的な研究ではこれらに反対する見解が示されています。
研究者たちが、過去に退行したという人々が持ち帰った記憶を、提示された時代の歴史的事実に基づく情報と比較して調べたところ、ほぼ例外なくデタラメであることが証明されています。
催眠術の効果が勘違いされやすい原因は1つにフィクションで大げさに取り扱われすぎたこと、実際に催眠療法という精神治療があり効果を上げていること、これをテレビのバラエティ番組がやらせを含め面白おかしく取り上げ過ぎたことがあるでしょう。
またもう1つの原因として、マインドコントロールなどの技術と混同されやすいことがあげられるかもしれません。
マインドコントロールは催眠術とは大きく異なり無意識に働きかける技術ではありません。これは虐待的な言動と優しい言動を繰り返して相手の思想を歪めて、他者がコントロールしやすいように思考を誘導していくものです。
そのためマインドコントロールは催眠というよりは、教育的な手法と言えるでしょう。
マインドコントロールもカルト教団からブラック企業まで、広く社会に浸透していて一定の効果をあげていることが知られています。
名前の印象から、これも催眠の一種と認識されてしまい、催眠イコール他者の意識を自分の自由にできる技術と考えられているのかもしれません。
しかし、ここまで説明してきたように催眠は他者の意識を歪めたり、自由にコントロールする技術ではありません。これは自身で自覚できていない隠れた意識と向き合い、自分を見つめ直すための技法なのです。
リン氏は、催眠術を正しい心理療法として広めるためにも、人々の中からこうした俗説を解消する必要があると考えています。