脳の数認識は「4以下」と「5以上」の2システムになっていた
ジェヴォンズ以降、「数の認識」に関する研究は大いに進展しました。
最も大きな発見は、ヒト脳のニューロン(神経細胞)に特定の数に反応して発火する仕組みがあったことです。
例えば、2という数専門に反応するニューロンがあり、その数を認識すると発火し、脳スキャンでそのニューロンが光って見えるのです。
この仕組みはヒトの他にサルやカラスでも見つかっています。
ボン大学とテュービンゲン大学のチームは今回、これをさらに発展させて、ヒト脳のニューロンが特定の数を与えられた場合にどのように発火するかを実験することに。
ただしニューロン発火を正確に測定するには、脳内に電極を挿入する必要があるのですが、そのような侵襲的な方法を一般人に行うことは倫理的にできません。
そこでチームは、治療や診断のために元から電極を埋め込んでいる17名の「てんかん患者」に協力してもらいました。
彼らには、コンピューター画面上に1〜9までの数のドットを0.5秒間ランダムに提示し、その数がいくつだったか、あるいは偶数か奇数のどちらだったかを答えてもらいます。
これを何度も繰り返し、収集された801件のデータを分析したところ、驚くべき法則が見つかりました。
まずもって被験者は、1〜4までのドット数では識別にミスがなかったのに対し、ドット数が5以上になると識別にミスが増えたり、思考時間も長くなっています。
そしてニューロンを見てみると、ドット数4以下では特定のニューロンが選択的に発火し、それ以外のニューロンの発火を抑制していたのです。
例えば、ニューロン3が発火するとき、その前後の2や4は明確に沈黙していました。
そのおかげで被験者はドット数が3であることを一瞥しただけで判断できたのです。
ところが、ドット数が5以上になった途端、ニューロンの選択性がまったく機能しなくなっていました。
例えば、6が発火するとき、数を判断するニューロンはその前後の5や7にも発火が見られ、これは数が大きくなっていくほど曖昧になっていきます。
これにより被験者はドット数が6であることに確信が持てず、「おそらく6個だろう」という推定になり、識別のミスにつながっていたと考えられます。
これには、研究主任のアンドレアス・ニーダー(Andreas Nieder)氏も驚きを隠せませんでした。
こうした「数の認識」におけるニューロンの明確な境界線は、動物実験でも確認されたことがなかったからです。
この結果から、私たちの脳は数を識別する上で、「4以下」のスービタイジング(即座の認知)と「5以上」のエスティメイティング(推定)という2つのシステムを持っていることが証明されました。
ジェヴォンズの人が1~4までしか正確に認識できないという仮説は、脳科学的に見ても正しかったのです。
どうして「4まで」は瞬時に認識できるのか?
他方で、この発見は「どうして人類は4以下の数を瞬時に見極めるよう進化し、5以上は推定に頼るようになったのか」という新たな疑問につながります。
当然ながら、数を瞬時に把握することは、あらゆる生物にとって生存に欠かせない能力です。
例えば、サルは木の中にある実の数と、それを奪い合うライバル集団の数をすばやく照らし合わせて、逃げるか闘うかを決める必要があります。
また原始時代の人類も捕食者が何頭いるかを瞬時に見極めて、戦闘か退避かを決めていたでしょう。
もしかしたら、その決め手に「4以下」と「5以上」が何らかの境界線として関係していたのかもしれません。