クジラのアルファベットを発見
研究チームはまず、マッコウクジラの鳴音に関する新しい構造的特徴を2つ明らかにしました。その1つは、“装飾 Ornamentation”と新たに名付けられたものです。
従来、あるタイプのコーダは決まった数のクリックスで構成されると考えられていましたが、研究チームは新たに、それぞれのコーダには4%の確率で余分なクリックスが付与されることを発見しました。
※「それってもはや違うタイプのコーダなんじゃないの?」と思う人もいるかもしれません。論文中でもこの問題について言及されており、統計的に分析すると装飾のあるコーダとないコーダを、それぞれ別のコーダと考えるよりも、同じタイプのコーダに追加の音がついたと考える方が妥当であると結論されています。
もう1つの発見は、“ルバート Rubato” と名付けられたものです。
これは、クジラが同じタイプのコーダを連続して発するとき、それぞれのコーダの持続時間を徐々に遅くしたり早くしたりすることを指しています。(西洋音楽にルバートという演奏方法があり、それに似ていることが由来)
ここで重要なことは、装飾もルバートもランダムに発生するわけではなく、特定の状況においてよく観測されるという点です。
例えば、装飾は一連のコミュニケーションの最初と最後など、特定の瞬間に発生する傾向にありました。
また、あるクジラのルバートにあわせて、別のクジラも自分のコーダの長さを調整することが確認されました。
これらは、装飾やルバートが、特定の状況に応じた意味を持っていることを示唆します。
研究チームはさらに、コーダの”テンポ”と”リズム”を機械的に分類しました。
ここでいうテンポは、ある1つのコーダの持続時間を示します。
同じコーダでも、1秒で終わるものもあれば、1.5秒で終わるものもあります。
統計的な処理の結果、コーダの持続時間を5つのグループにわけることが最も妥当であることがわかりました。
一方、リズムはクリックスの時間間隔の型を表すものです。
統計的処理の結果、リズムを18種類にわけることが最も妥当であることがわかりました。
これらの結果をふまえて研究チームは、装飾、ルバート、テンポ、リズムの4つの要素を組みわせることで、マッコウクジラのアルファベットともいえる表音体系を示しました。
まず、テンポ(5通り)とリズム(18通り)のマトリックスを作成することで、90通りの組み合わせがあることを示しました。
つぎに、それぞれの発音の組み合わせに装飾やルバートの発生頻度を上乗せしていきました。このようにしてマッコウクジラの鳴音のアルファベットともいえる全体像を示しました。
現在、この全ての組み合わせを、野外で実際に確認することはできていません。しかし、この全体像の完成によって、これまで考えられていたよりもずっと多様な音声レパートリーをマッコウクジラが有する可能性が浮上してきました。
音声レパートリーが豊かであることは、それだけ情報を伝える手段を多く持っていることを示唆しています。