なぜ「HIVワクチン」は作れなかったのか?
エイズは流行が始まってから現在に至るまで、感染によって4000万人以上がが犠牲になっていると考えられています。
特にアフリカ諸国ではHIV感染率が高く、ボツワナやジンバブエなどでは死因の上位を占めるまでに至っています。
一方、HIVに対抗する手段の開発も進んでおり「PrEP(曝露前予防内服)」と呼ばれる2種類の化合物(エムトリシタビンとテノホビルジソプロキシルフマル酸塩)を含む予防薬を感染前に使用することで感染リスクを99%減少できるようになりました。
またHIVに感染した後であっても、抗レトロウイルス療法(ART)を用いることで患者の免疫力を守り、HIVの増殖を防ぐことが可能です。
予防薬と治療薬の開発は現在も進んでおり、エイズによる死亡を大幅に減らすことに成功しています。
しかしどちらの方法も欠点があり、効果を得るには決まったスケジュールに従い、持続的な服薬を続けなければなりません。
そのためエイズ流行がはじまって以来「HIVワクチン」の開発が求められてきました。
しかし現在に至るまで有効なHIVワクチンは開発されていません。
新型コロナウイルスに対するワクチンが事実上数か月で完成した点と比べると、大きな違いになっています。
その原因は主にHIVの変異速度の速さにあります。
新型コロナウイルスは変異速度が比較的低いため、世界中の人々が効果の恩恵を受けるまで十分な猶予がありました。
しかしHIVに対してはそのような猶予はなく、既存の技術で開発されたワクチンはすぐに効果を失ってしまいます。
同様の現象はワクチンだけでなく本物のHIVが体内に入り込んだ場合にも起こり、変異の速さのせいで免疫システムが有効な抗体を作り出すのに苦戦してしまい、通常完成するのは感染から数年ほどかかってしまいます。
また本物のHIVはヒトの免疫細胞に感染すると、自分自身のゲノムを紛れ込ませて一体化することもできるため、さらに排除が困難になります。
そのため、有効なHIVワクチンを作るにはせめて、免疫システムの抗体更新速度がHIVの変異速度に追いつけるような仕組みを含めなければなりません。
そこでデューク大学の研究者はHIVの外側の膜に近い「膜近位外部領域(MPER)」という領域をターゲットにしたワクチン開発を続けてきました。
この部分はHIVがヒト細胞に融合するための重要な領域として知られています。
ウイルスも生命と同じように、本当に重要な部分の遺伝子は変異率が低くなっています。
生命の場合も酸素呼吸に必要な遺伝子や細胞分裂に必要な遺伝子の変異は側「死」につながるようにウイルスにとっても替えが効きにくい遺伝子があるからです。
研究ではそんなHIVの「泣き所」とも言える部分をワクチンとして使用することを目指しました。
調査では20人の健康なHIV陰性の人々が参加し、15人が2回、5人が3回の接種を受けました。
するとわずか2回の接種後、わずか数週間あまりでHIVに対する広域中和抗体の生産を促せることが示されました。
特に注目すべき点は、抗体を作るB細胞がウイルスの変異についていき、有効な抗体を生産し続けられることにありました。
これまでB細胞はHIVの急速な変異に対応する抗体を作ることはできませんでしたが、変異の少ない領域をワクチンとして使用することでB細胞が体内で常にHIVと戦える最新の抗体をうみだせるようになっていたのです。
研究者たちは「本物のHIV感染をもってしても、数年間かかるはずの有効な中和抗体の生産を、わずか数週間に短縮できたことは非常に画期的であり、とても興奮している」と述べています。
現在研究者たちは、同様の変異の少ない領域を最低でも3つ同時に含むワクチンを開発しています。
今回の研究結果は有効な「HIVワクチン」の開発に道筋がついたことを示しており、人類とHIVの戦いの重要な転換点となると期待されます。
もしかしたら近い将来、麻疹や風疹のワクチンと一緒にHIVワクチンを接種する日が来るかもしれません。