現金を払うとき、人は「心理的な痛み」を感じている
「支払うことの痛み(Pain of paying)」は1996年に初めて提唱された説であり、みなさんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
これはごくシンプルな説で、私たちが現金で支払いをするときに「心理的な痛み」を感じているというものです。
現金で買い物をする際、私たちは財布から紙幣や硬貨を物理的に数えて相手に差し出さなければなりません。
人間は自らの損失を避けようとする生き物ですが、現金払いだと実際に形あるお金が自分の手から離れていく様を目にする必要があります。
これが「心理的苦痛」というネガティブ感情を引き起こすのです。
しかも、現金払いにおける「支払うことの痛み」は何も比喩的な例えではありません。
米ボストン大学(Boston University)が2017年に、現金払いをする消費者の脳活動をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いてリアルタイム観察したところ、心理的不快感の経験に関連する脳領域が実際に活性化することが記録されました(SSRN, 2017)。
つまり、私たちは現金払いをするたびに意識的にせよ無意識的にせよ、心理的苦痛を感じることで、現金払いでは支出を減らしたり、避ける行動につながりやすいのです。
これと対照的に、キャッシュレス払いはデータ上だけのやりとりなので、自分がどれくらい払っているかの実感が湧きづらくなっています。
そこではスマホやクレカをパッとかざすだけで決済が完了するので、形あるお金が手元から離れる様を見ることもありません。
こうしてキャッシュレス払いでは「支払うことの痛み」が生じにくくなるために、気が大きくなって、支出もどんどん増えてしまうと考えられるのです。
そのため分析の結果では、他人の目を意識したステータス目的の高額な買い物(顕示的消費)において、キャッシュレス効果は大きくなることが示されています。
これは例えば高級ブランドのバッグや時計の購入や、高級レストランで食事などを指します。
こうした問題は心当たりのある人も多いでしょう。
ただ、今回の研究ではキャッシュレス効果について、他に興味深い傾向も示されていました。
それが時間経過に伴ってキャッシュレス効果が弱まっていく現象です。