量子の世界では過去の観測を改変できる
タイムトラベル量子センサーを作るには、まず1組のもつれ状態にある粒子を生成します。
このもつれ状態にある粒子のうち、センサーとして検知に用いられる粒子が左側、自分の手元にあるのが右側となります。
ここまでがステップ1の段階になります。
次に一方のセンサーとして機能する粒子を磁場にさらします。
すると粒子のスピン方向が変化します。
先に述べたように、この量子センサーはスピン方向の変化の様子を調べることで機能します。
そして、もう一方の粒子に対して、もつれが破壊されない程度に観察を行い、磁場にさらされた粒子の方向に関する情報を得ます。
弱い測定とはもつれが破壊されない程度の強度で測定を行うことを意味します。
シュレーディンガーの猫の箱を薄目でこっそり覗き見るのと近いと言えるでしょう。
弱い測定で得られる情報は強い測定よりも少ないですが、状態に関する情報をある程度得ることが可能です。
この奇妙な特性により、弱い測定は現在の量子力学において最も注目されている手法の1つとなっています。
ここまでがステップ2になります。
ただこのままでは、通常の弱い測定にもとづく量子センサーと何ら変わりありません。
問題はここからです。
上の動画のように、粒子のスピン方向の変化を使って磁場を検出する場合、磁場がスピン方向に対して斜めにある場合なら問題ありません。
しかしスピン方向に対して磁場が平行または逆平行の場合、スピン方向が変化してくれないため、磁場があるかどうか検出ができません。
そのため通常の量子センサーの場合、ある確率(およそ3分の1)で検出が失敗してしまい、磁場を検知できる成功率は3分の2となります。
そこで研究者たちは、磁場の検出に失敗した場合などに、弱い測定結果とは絶対に異なる結果しか得られない「恣意的な強い測定」を行いました(ステップ3)
日常のマクロな世界では、恣意的な測定はインチキとなりますが、量子の世界では気にすることはありません。
むしろ量子の世界での恣意的な測定は、量子の仕組みを解明したり、情報を送信するためのツールとして非常に有用だと考えられています。
すると磁場にさらされている粒子は、弱い測定のときに得られたのとは違うスピン方向、つまり磁場と平行や逆平行にならない状態に、無理やり、状態が確定します。
磁場と平行や逆平行になっていなければ、磁場の向きを正確に測ることも可能です。
つまり弱い測定で失敗を事前に知り、未来で行う強い測定でそうならないように粒子のスピン方向を上書きするわけです。
すると、強い観測の影響が量子もつれが生成された過去に遡り、さらに磁場にさらされている粒子のスピン方向を、センサーが検知できる方向に改変できます。
上の図では手元にある粒子に恣意的な測定を行った影響が、もつれ生成時に遡り、磁場にさらされている粒子のスピン方向を変える様子が示されています。
これにより、弱い測定では検知に失敗したと判断される状態から、検知に成功する状態へと現実を書き換えることができます。
研究者たちはこの一連の流れがタイムトラベルの概念を含んでいると述べています。
この方法は、弱い測定によってもたらされた状況を強い測定で上書きしたに過ぎないため、因果律も破らずに済みます。
また興味深いことに、弱い測定で得られた結果はこの瞬間、強い測定で得られた事実を別の側面から見ていたに過ぎないことが「判明」します。
たとえば弱い測定で曖昧な「犬」のシルエットに見えていたものが強い測定によって否定され「人」である事実が確定したとします。
すると犬の耳のように見えていた部分が寝ぐせだったり、犬の尻尾のように見えていた部分が長すぎるベルトが垂れていたものだったことが「新発見」されてしまうのです。
このような書き換えは、タイムトラベルの視点を取り入れると、うまく説明することが可能です。
また研究ではこの仕組みを利用することで、測定が失敗する確率を大幅に減らすことができると述べています。
量子センサーは一度使うともつれが破壊され、再度使用するには再びもつれ状態の粒子を補充しなければなりません。
量子もつれを作成するのは以前に比べて容易になったとはいえ、一定のコストがかかります。
新たに開発された仕組みを使って観測の成功率を上げることができれば、量子資源の節約にもなるでしょう。
なるほど、分からん。