サルの社会から、人間の社会を知る
古代ギリシャのアポロン神殿には「汝自身を知れ」と記されています。
この言葉は「私たちは、人間についてよく知らなければならない」という意味であり、私たち人類は人間を知ろうと遥か昔から探究を続けてきました。
では、どのようにしたら、私たちは人間をよく知ることができるのでしょうか?
その答えを求めて教会へと足を運ぶ人もいるでしょう。また、文化や歴史を調べることで答えを探す人もいるでしょう。なかには、芸術を通じて答えをみいだす人もいるでしょう。
そしてまた、「人間は、ヒトという生物である」という前提を出発点として、人間の生物学的側面から答えを探す人もいることでしょう。
最後の立場に立ち、人間の進化の隣人である霊長類(=サルの仲間)を調べることで、人間の起源や進化史を明らかにする試みは日本や欧米で盛んに行われてきました。
長い歴史のなかで、一部の学者たちは、「言葉をもつ人間だけが社会を形成することができる。そのため、人間と動物を区別する明確な境界線は言葉にある」と考えてきました。
一方、生物系の学者たちは「言葉よりも先に社会を形成する力が進化したはずであり、社会を形成できるのはヒトだけではない」という考えのもと、ヒト以前の社会のすがたの解明を目指して霊長類の研究を進めてきました。
ヒトに加えて、チンパンジーやゴリラなどの類人猿、ニホンザルやメガネザルなどのいわゆるサルを含むグループである霊長類は、ある共通の祖先からだんだんと分岐していったと考えられています。
そのため、この霊長類の祖先が、どのような社会をしていたのかを特定することが、ヒト以前の社会を知るうえで重要なヒントになるはずです。
長年にわたり、科学者たちは「霊長類の祖先は単独生活をしており、そこから時間が経つにつれて群れで生活をする種が出現した」と考えてきました。
このアイデアがうまれた理由の一つは、現存する霊長類のうち、比較的古くに分岐したサルたち(上の図では原猿)の社会が、比較的新しくに分岐したサルたちと比べて、単純であるという点にあります。
このような、単純なものから複雑なものが生じるという流れは、誰もが簡単にイメージできるでしょう。
例えば、単細胞生物を祖先として多細胞生物が出現したり、一つの受精卵から複雑な体が出来あがったりと、だんだんと組織や構造が複雑化していくことは、生物学において順当な考え方です。
しかし、今回、ストラスブール大学のオリバー氏(CA Olivier)を中心とする研究チームは、従来の学説をひっくり返す発見をしました。