定説がひっくり返る!霊長類の祖先種はペア型の生活だった!
「祖先種は単独生活であった」というアイデアは、現存する種において、比較的古い時代に出現した霊長類に単独生活をする種が多いことから推測されてきました。
しかしオリバー氏らは、「近年、これまで単独生活だと想定されていた種が、じつは群れで生活していた」という報告が増えていることに気が付きました。
なお、群れの生活といっても、その形態はいろいろあります。例えばあるオスとメスが長期にわたり一緒に過ごすペア型の生活や、1頭のオスがたくさんのメスと過ごすハーレム型の生活、たくさんのメスとたくさんのオスが一緒に過ごす複雄複雌(ふくしふくゆう)型の生活など、様々です。
そこで研究チームは、これまでに報告された霊長類の研究データを世界中から集めて、そのデータを網羅的に解析することで祖先の社会の姿を解明することを試みました。
今回の研究では集めたデータを解析する上で、これまでにない非常に洗練された工夫をこらしました。
従来は「Aという種類のサルは単独生活をしており、Bという種類のサルは群れで生活をしている」といったように、ある1つの種は、ある1つの社会のみを形成すると想定して、解析が実施されてきました。
ここで、人間を例として考えみましょう。日本人の社会は、上下関係が非常に厳しく、それは個人の年齢によって規定されているようにみえます。では、日本人の社会=ヒトの社会だといわれて、納得する人はいないでしょう。同じ人間でも、アメリカ人とヨーロッパ人、日本人の社会には大きな差異が認められます。
※私たちは「人種」と言って人を区別したりしますが、生物学的に見れば、どれも同じヒト(ホモ・サピエンス)という種です。どのような人種の組み合わせであっても、ちゃんと子どもを作ることができるからです。
このように、同一の種内にも異なる社会が形成される例というのは、ヒトだけでなく、サルの世界においても頻繁に見られることがすでにわかっています。
そこで、オリバー氏らは、「同一種内においても、違う場所に住む集団では異なる社会が形成されることがあるし、もっというと、同じ場所に住む集団内でも異なる社会が形成されることがある」ということを考慮した、現実世界をきちんと反映した解析を実施しました。
オリバー氏らは、215種、493集団の霊長類についてのデータを解析しました。
解析の結果、「これまで単独生活をしていると考えられてきたサルの祖先は、実は1頭のオスと1頭のメスから成るペア型の生活であること」が明らかとなりました。
具体的には、「祖先種のうちの10~20%ぐらいは単独生活をしていたが、80~90%はペア生活であった」という推定結果を示しました。
この発見は、長きにわたり支持されてきた定説、つまり「祖先種は単独生活をしている」というアイデアをひっくり返す結果となりました。
では、この発見はなにを意味するのでしょうか?
従来の考えでは、単独生活をする種から、群れ生活をする種が出現したと考えられていました。
しかし、オリバー氏らの発見が正しければ、ペアで暮らしていた霊長類の中の一部から、単独生活へと戻っていく種と、より複雑な群れを形成する種が出現していったというシナリオが想像できます。
そうなると、いったいなぜ、群れで生きることをやめて、独りで生きることをはじめた種が出現したのか? 独りで生きることには、群れで生きることに比べてどのような利点があったのか? といった新たな問いが生じてきます。
このような問いは、「単純な社会から複雑な社会が生まれる」というアイデアを出発点としては生まれなかったでしょう。
また、近年はウシの仲間やハリネズミの仲間(真無盲腸目といいます)、ハネジネズミの仲間の祖先も、単独生活ではないという知見が報告されています。
もしかしたら、祖先が単独生活種ではないという傾向は、霊長類だけでなく、哺乳類一般に言えることなのかもしれません。
群れで生活する方が有利だから群れ生活へと移行し、それがどんどん進んで複雑な社会を形成していく。従来はそのように考えられていましたが、実際には群れと単独生活を行き来するような流れが進化の中にはあったようです。
「社会を離れて1人になりたい」。それは社会生活を送る中で、人間が誰しも一度は感じる気持ちでしょう。
しかし、それは個人の気持ちなだけでなく、進化という大きな流れの中にもあったのかもしれません。
実際にどういった要因が群れと単独生活の逆転を起こすのかはまだわかりませんが、常識に囚われていては進化の重要な動きを見落としてしまうのかもしれません。