地殻変動が電離層の異常に繋がる物理的メカニズム
地震と電離層は関係しているのか?
謎を突き止めるため研究者たちが着目したのは、地質成分でした。
近年行われた震源地付近での地質調査では、断層地殻の溝には滑りやすい粘土層(スメクタイト)が存在し、その中に多量の水が含まれている可能性があることが明らかになっています。
また地震が起きて地面が激しく揺さぶられると、水を囲む層が高圧下で摩擦を受けることで非常に高温になると予想され、同時に内部の水は高温・高圧下では超臨界状態となると考えられています。
超臨界状態とは、特定の温度と圧力を超えたときに起こる、物質が液体でも気体でもない特別な状態です(水の場合には374℃、218気圧以上で超臨界状態となります。)。
また超臨界状態では、絶縁性が大きくなり、摩擦などで発生した粘土と水の混合物の微粒子がプラスに帯電することで破砕層を横切る電圧が上昇することになります。
そして上昇した電圧はどこかに伝わろうとします。
研究者たちはこのときに出現する莫大な電圧が、電離層に影響すると考えました。
無数の裸の電子を含む電離層は、ちょうどコンデンサーのように働いて電気を蓄えたり伝える役割を果たし、地上での電圧変化を電離層にまで影響を及ぼす可能性があったからです。
地震が起こる地下と電離層は一見するとかなり離れてみえますが、震源地で発生した「逃げ場のない莫大な電圧」にとって電離層は唯一の救いになるかもしれないからです。
もしこの説が正しければ、地下と電離層は電気的繋がりがあることになり、電離層を観測することで地震の予兆を捉えることができるはずです。
そこで研究者たちは高温・高圧の超臨界を模擬した条件で、粘土と水の混合物の帯電性に関する試験を行いました。
この試験では、実験室に粘土と水の混合物をステンレスの容器で囲い、温度、圧力を上昇させてみました。
すると実際に、粘土と水の混合物が帯電し、電圧が発生することが確認できました。
下図は温度と電圧の時間変化を示しています。
試験結果では、温度が約350℃の時点(赤い矢印)で破損したステンレス容器から噴出した、粘土と水の混合物(微粒子)の電圧が階段状に20mV上昇したことが確認でき、同混合物が超臨界に近い状態でプラスに帯電することが示されました。
この研究では、超臨界に近い状態で発生した水と粘土の微粒子がプラスに帯電すること、および 地震発生直前の破壊メカニズムが電離層の擾乱を引き起こすのに十分なエネルギーを持つこと、に関する可能性が確認されました。
以上の結果から、大地震発生直前の地殻変動から電離層の異常に至るシナリオは、ある程度の裏付けがなされました。
電離層の異常は地震発生の1時間前くらいに観測できる事象です。
1時間というと短いかもしれませんが、震源地直上の住民や津波が予想される地域の住民が避難するためには、貴重な時間と言えるでしょう。
ただこの貴重な時間をパニックを回避しつつ活用するには避難計画の見直しが必要になるかもしれません。
電離層観測による地震予知のシステムが普及するまでの間に、人間側の準備も進めていきたいものです。