アメリカドクトカゲの「よだれ」から開発された2型糖尿病治療薬が活躍
アメリカドクトカゲは、アメリカ南西部およびメキシコ北西部に生息し、別名ヒラモンスター(Gila monster, 「ヒラ川の怪獣」の意)とも呼ばれています。
体長は最大で50cmに逹し、野生下では鳥の卵やヒナ、小型哺乳類などを食べます。
その名の通り有毒で、下顎に毒腺があり、獲物に噛み付くと奥歯を伝って傷口に神経毒を送り込みます。
人間が噛まれると激痛が走り、眩暈や吐き気、重篤の場合はアナフィラキシーショックなどの症状が出ます。
死亡例は稀ですが、2024年2月にアメリカ・コロラド州でアメリカドクトカゲを違法飼育していた男性が手を噛まれ、死亡する事故が発生しています。
なお、日本では2006年に特定動物に指定され、2020年6月から愛玩飼育は禁止されています。
アメリカドクトカゲは、砂漠など獲物が少ない環境で生活するため、見つけると食い溜めしますが、食事の前後で血糖値がほぼ変動しないことが知られていました。
また、1980年代にアメリカ国立衛生研究所(National Institutes of Health)が、アメリカドクトカゲなど特定のトカゲやヘビの毒がインスリンを作る膵臓に炎症を引き起こすという研究結果を発表していました。
そこに注目したアメリカの科学者ジョン・エング(John Eng)氏は、1992年にアメリカドクトカゲの唾液腺から抽出した物質をエクセンディン-4と名付けて解析し、人間のGLP-1というホルモンによく似た構造・機能であることを突き止めました。
GLP-1は、食後に小腸から分泌されるホルモンで、膵臓からのインスリン分泌を促進して血糖値を下げる作用がありますが、数分でDPP-4(dipeptidyl peptidase-4)という酵素により分解されてしまいます。
これに対し、エクセンディン-4はGLP-1と同様の作用を持ちますが分解されにくく、数時間活性を保つことができ、インスリン分泌能が低下する2型糖尿病の治療薬として大きな可能性を秘めていたのです。
そして、エクセンディン-4を基に生まれた新薬は「GLP-1受容体作動薬」と総称され、2005年に初めてアメリカで2型糖尿病治療薬として承認を受け、日本では2010年に承認されました。
現在まで研究が重ねられ、IQVIAの調査によると、2023年の世界医薬品売上データでオゼンピックが2位、トルリシティが7位、マンジャロが10位と10位以内に3種もランクインしており、いずれも2兆円を超える売上でした。
また、エング氏はその功績が讃えられ、革新的な基礎研究に贈られるGolden Goose Award(2013年)、過去5年間で最も学術的インパクトのあった論文に与えられるFrontiers in Science Award(2014年)を受賞しました。
残念なことに、国際糖尿病連合(International Diabetes Federation)によると、2021年時点で世界の糖尿病罹患者は5億人超、つまり成人の約10人に1人が罹患しており、その90%以上が2型糖尿病とされています。
2045年までには7億人超まで増加すると予測され、今後もGLP-1受容体作動薬は人類にとって強い味方であり続けるでしょう。
これだけでも現代医療に大きく貢献していることがわかりますが、アメリカドクトカゲの活躍はこれだけでは終わりません。