精神病のフリをさせた人を精神病院に送り込む
ローゼンハンはまず最初に「精神病患者のフリをして精神病院に入院できるかどうか」を検証しました。
ここでは精神疾患のない至って健康な一般成人8名(男性5名、女性3名、うち男性1名はローゼンハン本人)で実験を行いました。
協力者は大学院生や心理学者、画家や主婦など様々な背景を持つ人たちであり、ローゼンハンは彼らをアメリカ各地に点在する別々の精神病院に送り込みました。
協力者には事前に幻聴があるフリをするよう伝えており、担当医には「ドスンという音が聞こえる」とか「『空虚だ』という声がする」とだけ話すように指示しています。
本名と職業を偽る以外は医師の質問にすべて正直に答え、幻聴の他には何も異常がないことを示しました。
その結果、驚くべきことに、8名全員の疑似患者が「精神障害の疑いあり」として入院が許可されたのです。
具体的には7名が統合失調症、1名が躁うつ病と診断されました。
疑似患者たちには軽い幻聴症状しか起こっていない(本当は幻聴すら起こっていないが)にも関わらず、精神科医たちは重い精神疾患の診断を下したのです。
入院できた場合の次の行動も、ローゼンハンの指導のもと、入念に計画が練られています。
入院後すぐに、疑似患者たちは「幻聴がすっかりなくなった」と担当医や看護師たちに伝えました。
完全に健康であることを示すため、積極的に看護師たちの手伝いをしたり、医師のすることを逐一メモしたりしています。
ところが医師や看護師たちはそうした行動すらも「妄想性の精神疾患の症状の一つである」として、薬の服用を強制され続けました。
ただこうなることもローゼンハンは予測していたので、疑似患者たちには「薬を渡されたら飲むフリをしてトイレに捨ててください」と指示しています。
医師と看護師は誰も疑似患者の演技を見破ることはできませんでしたが、不思議なことに、彼らの正体に気づいた人たちがいました。
それは何を隠そう、同じ病院に入院していた本物の精神病患者たちです。
彼らは疑似患者たちに対して「病院を調べにきた研究者か何かでしょう?」と見事にその正体を言い当てました。
8名が送られた精神病院で、合計35名の精神病患者が8名の演技に気づいたとのちに報告されています。
その後、疑似患者たちはそれぞれ、薬の服用を続けることを条件に退院許可を得ました。
入院期間は平均で19日間であり、最短は7日、最長だと52日でした。
ローゼンハンはこの結果を『狂気の場所で正気でいること(On being sane in insane places)』という論文タイトルで、1973年に権威ある科学雑誌『Science』に報告しました。
ローゼンハンの論文は「精神科医が正常な人と精神病の人を見分けられない」ことを示した衝撃的な報告であり、当時のアメリカ医学界に大きな波紋を呼ぶことになります。
ただローゼンハンの実験にキレたのが、当の精神科医たちです。
彼らは「事前に何も知らされていないのに、勝手に実験をするとは卑怯だ!」と反論し、「ちゃんと見破ってやるから、うちで試してみろ!」と挑戦状を叩きつけます。
これに対してローゼンハンは「ではこれから3カ月の間に1名以上の疑似患者を送るからよろしく」と返答します。
果たして、このガチンコ対決の結果はどうなったのでしょうか?