精神病を治すために歯や臓器を摘出する
ヘンリー・コットンはジョンズ・ホプキンス大学とメリーランド大学にて医学を修了し、1907年に精神科医として、ニュージャージー州立病院(現在のトレントン精神病院)の院長に就任します。
コットンは当時すでに、アメリカにおける生物学的精神医学の第一人者として注目され始めていました。
生物学的精神医学とは、精神疾患の発症に関係する神経生物学的な側面を理解しようとする医療分野です。
その中でコットンはそれ以前の常識にはない独自の理論を持つに至りました。
それは「あらゆる精神疾患は何らかの細菌に感染した歯や臓器が原因となっており、それらを摘出することで精神疾患は治療できる」というものでした。
しかしコットンの指摘する細菌がどんなものかは全くもって不明であり、この理論を裏付ける科学的証拠も存在していなかったのです。
今日ならすぐに大問題となるところですが、当時はまだ彼の誤りを指摘できる医学的知識は準備されていませんでした。
そうしてコットンは持論が正しいことを証明するために、実際の精神病患者に対して自ら治療を実践するのです。
最初は精神病患者の歯を無作為に抜歯することから始めました。
細菌に感染した歯を抜くことで精神疾患が治ると信じていたからです。無理に抜歯を受けた患者の中には、うまく喋れなくなったり、食べ物を咀嚼できなくなった人が続出したといいます。
さらに抜歯しても患者に改善が見られない場合、コットンは外科手術によって臓器をランダムに摘出する暴挙に出始めました。
彼が摘出の対象にしたのは膵臓や大腸、胃、卵巣、睾丸などです。
また当時はその治療法にどれだけの効果があるかを調べるため、同様の治療を受けなかった患者と改善具合を比較するといった方法が確立されていませんでした。
そのため、コットンは自身が行った治療効果を誤ったデータでしかまとめていなかったのです。
そして彼は「抜歯や臓器の摘出により精神病患者の85%に改善が見られた」と報告し、改善が見られなかった患者については「細菌の感染が広がりすぎていて、すでに手遅れの状態だったため」と述べています。
まさに独断と偏見にまみれた報告でした。
ところがコットンの狂気じみた治療法は、当時の精神医学界により「革新的かつ最先端の治療方法だ!」として大いに称賛を受けたのです。
しかし精神病院に入院していた当の患者たちは、次第にコットンのやり方に違和感を抱き始めます。