重力波通信は「あらゆる遮蔽物」を貫通する
現在メインで使われている通信方法は、多かれ少なかれ電磁波に依存しています。電波・マイクロ波、光ファイバー通信に使われる可視光・赤外光など、いずれも電磁波の一種です。
電磁波は物質やプラズマとの相互作用が強いため、大気や星間物質、あるいは海や地下などの環境では減衰や反射・散乱を受けやすく、通信が困難になる場面が少なくありません。
一方で、重力波が従来の電磁波(電波・光・X線など)と本質的に違う最大の特徴のひとつは、物質との相互作用がきわめて弱いという点です。
星間ガスや惑星の地殻、ブラックホールや中性子星の周囲といった、電磁波なら吸収・散乱されやすい非常に厳しい環境でさえ、重力波はほとんど減衰せずに通過できます。
地球上にある物体をいかなる手段で覆い隠そうが「重さ」が消えないことからもわかるように重力波は「なんでも貫通する」という極端な透過力を持っているからです。
もちろん、重力波通信には“超絶な透過力”に見合った課題も存在します。特にエネルギーコストと通信速度(レート)が、現実的な障壁となっています。
以下の表は、論文で提案・検討されている代表的な重力波生成手段と、その原理・課題を比較したものです。
重力波通信の大きな特長は、基本的に「質量を動かす」だけで波源を生み出せるという理論的なシンプルさにあります。
電磁波であれば電気的な振動源(アンテナ、光源など)が必須ですが、重力波の場合は質量分布が時変すればよいのです。言い換えれば、「質量の振動や移動によって時空を波打たせる」ことが重力波の基本的な発生原理となります。
ただ動かす物体とその速度には基本的に2パターンが存在します。
1つは大質量を比較的低速で動かすもの、そしてもう1つは小さな質量を高速で動かす場合です。
1:大型・低速運動タイプ
このタイプは大きく重い質量を、比較的ゆっくり動かすことで重力波を生み出そうとするアプローチです。回転や振動の周波数は低め(Hz〜kHz、あるいはそれ以下)で、装置自体が大型化しやすいのが特徴です。
電波を使った通信機に例えるならば、1つの工場ほどもある巨大な大規模通信施設と言えます。
たとえば一番上の回転棒(Rotating Rod/Bar)棒を使う場合では、ものすごいスピードで大質量の柱を回転させることで質量分布の「揺らぎ」となり、重力波を出すことを目指します。
他にも大質量の物体の回転では500トンもの大きな鋼鉄ビームを回転させ、それによる質量の四重極モーメント変化から重力波を発生させるアイデアも提示されています。
2:小型・高速運動タイプ
こちらは、質量自体は小さいものの、それを極端に高速で動かす(あるいは密度変調を高周波で行う)ことで、より高い周波数の重力波を狙う手法です。
電波を用いた通信機で言えば、個人用の小型無線機に該当すると言えます。
小型・高速運動タイプは装置が小型化する可能性もありますが、加速度のコントロールやエネルギー投入の効率が大問題になるなどの課題もあります。
一番上の圧電効果(結晶に電場をかけると振動を起こす現象)を利用する方法では、結晶の機械振動を高周波で発生させます。
振動周波数を高くすると、それに対応した周波数帯の重力波が放射される理屈です。
結晶の僅かな振動でも、それが高速で動くように仕向けるわけです。
他にも軌道角運動量(オービタルアングラモーメント)を持つ「ねじれ光ビーム」(ツイステッドライト)を高出力で照射し、通常の直進レーザー以上に質量・エネルギー分布の非対称性を強めて重力波を発生させよう、という手法もこちらに当てはまります。
ただいずれの方法にも共通するのは、「四重極モーメントなどの質量分布の変化」を作り出すという点です。
バネにぶら下げた質量を上下させるだけ(単純な1次元運動)では重力波はほぼ出ません。
単純な物体の運動は周囲に対してほとんど対称的な引っ張り・押し込みしか働かず、遠くに波として伝わる“うねり”を生むには不十分だからです。
たとえるならば、泡だて器を使ってクリームをかき混ぜる場合を考えると分かりやすいかもしれません。
通常の泡だて器の棒は対称な作りの先端が単純な回転運動をします。
これにより発生する波は穏やかでクリームは周囲に飛び散ることがありません。
しかし重力波を使った通信を行うには、時空に可能な限り大きな波打ちを起こさねばなりません。
そのため推奨される条件として、個々が独自に回転する2つの非対称の質量(四重極以上の不均衡な質量分布)が求められることになるのです。
直感的には、たとえば「ゆがんだダンベル形」が回転するイメージを思い浮かべるとわかりやすいでしょう。
時空を激しくかき回し重力波の波紋を効率よく発生させるには、複雑な動きが必要とされるのです。
3:重力波は単純な動きでは上手く出てこない
また重力通信の受信方法としては、以下の5種類が知られています。
いずれの手法も周波数帯や物理的アプローチが異なるため、互いに補完し合う形で「広範な重力波領域をカバー」することが期待されています。
ただし、特に高周波帯ほど信号の振幅が微小になるため、極限的な雑音制御や高感度計測技術が鍵となります。
また、既に実用化している干渉計による天文観測でもノイズ対策や技術改良の余地が大きく、将来に向けては新しいアイデア(ディープラーニングやマルチメッセンジャー解析など)がますます重要になるでしょう。
次章ではいよいよ、論文が提示する重力波通信の基礎設計に迫ります。