安全神話の裏側:アセトアミノフェンの真実

子どもから大人まで、発熱や頭痛、歯痛などを和らげるために広く使われているアセトアミノフェン(パラセタモール)。
病院で処方されるだけでなく、市販薬としても入手しやすいため、日常生活の中で「手軽に使える鎮痛解熱薬」として定着しています。
また、他の痛み止めに比べて副作用が少なく、妊娠中でも比較的安全とみなされ、世界的に多くの妊婦さんが愛用しているのが現状です。
しかし近年、「妊娠中にアセトアミノフェンを服用すると、生まれてくる子の神経発達、特にADHD(注意欠如・多動症)リスクが上昇するかもしれない」という指摘がいくつもなされるようになりました。
一部の研究では、アセトアミノフェンを妊娠中に使用した母親から生まれた子どもがADHDと診断される割合が高いという結果が報告され、議論を呼んでいます。
その一方で、何十万人もの子どもを対象にした大規模解析では、まったく関連が見られないという結果もあり、科学界の意見は分かれたままです。
これほど結果が食い違う理由のひとつとして、多くの研究が「自己申告」による薬の使用データをもとに解析していることが挙げられます。
人はどうしても忘れや勘違い、あるいは「たくさん薬を飲んでいたかもしれないけれど、思い出せない」といった問題を抱えがちです。
実際、妊娠中にアセトアミノフェンを服用した割合が7%と報告された研究もありますが、他の研究では同時期の妊婦のうち約半数が実際には服用していたとされ、この大きな開きが調査結果の信ぴょう性を揺るがしています。
こうした背景から、近年は自己申告に頼らず、より正確にアセトアミノフェンの曝露量を測定する手法が求められるようになりました。
今回紹介する研究では、その一環として妊娠中期の母親の血液からアセトアミノフェンの「代謝物(マーカー)」を直接検出し、子どものADHDリスクとの関連を調べています。
さらに、胎児と母体をつなぐ“胎盤”の遺伝子発現を詳細に調べることで、リスク上昇の裏にある生物学的メカニズムの手がかりを探ろうとしている点も注目すべきポイントです。
このように、アセトアミノフェンは世界中の妊婦さんや医療従事者にとって「比較的安全な薬」というイメージが広まっていましたが、神経発達障害リスクとの関連をめぐる研究結果はまだ一致していません。
果たして、本当に妊娠中の使用が子どものADHDを増やすのか、それとも別の要因が影響しているのか――。
今回の研究は、その問いに対して新たな光を当てるものとして注目されています。