遺伝子に刻まれた42億年前の証拠

今回の研究では、まず現存する多様な微生物の遺伝子情報を集中的に比較し、「全生命に共通する祖先」=LUCA(ルーカ)にまでさかのぼると推定される遺伝子を特定する作業から始まりました。
ここで使われた手法の一つが「分子時計」です。
これは生物のDNAやRNAに蓄積する突然変異のペースをもとに、種が分岐した時期を推定する方法です。
さらに本研究では、“クロスブレイシング”という特殊な解析を導入しました。
具体的には、LUCAより前に複数の遺伝子が「重複(コピー)」された痕跡を手がかりにし、遺伝子系統樹と生物種の系統樹を重ね合わせることで、化石記録による年代情報を精度高く当てはめていったのです。
その結果、LUCAは地球が誕生してからわずか3億年後、つまり約42億年前(推定範囲は4.09~4.33 Ga)という早い時代に存在していた可能性が示唆されました。
しかも、単に“ごく原始的な微生物”だったのではなく、いわゆる“CRISPR-Cas”システムのようなウイルス防御機能まで持ち合わせていた形跡が見つかったのです。
これは、生命が当初からウイルスとの攻防を前提とするほど複雑な生態系を形成していたことを意味します。
ある研究者は「それはかなり進化した微生物であり、長い進化と複雑さの増大の産物だったようだ」と語り、早期の高度な生命活動が行われていた可能性を強調しています。
そして、この“驚くほど早く、しかも複雑な生命が出現した”という事実は、二つの大きなシナリオを浮かび上がらせます。
一つは、初期生命が地球外からもたらされたという“パンスペルミア説”です。
もし、宇宙のどこか別の天体ですでに高い完成度を持った微生物が生まれ、その一部が小惑星や彗星に付着して地球へ運ばれたとしたら、わずか3億年後に高度な免疫システムを備えていたことも説明可能かもしれません。
生命の種が宇宙を渡り歩くというこの仮説は以前から存在していましたが、LUCAの複雑さが証明されればされるほど、その再検討に注目が集まっています。
もう一つは、生命が地球上で予想をはるかに超えるスピードで進化を遂げたとする考え方です。
過酷な初期地球環境が、生物同士の遺伝子交換やウイルスとの軍拡競争を急速に促進し、免疫システムをはじめとする多彩な機能を早々に獲得させたというシナリオです。
実際、CRISPR-Casのようにウイルス遺伝子を取り込んで自己防御を行う仕組みが、最先端のバイオテクノロジーにまで応用されている事実を踏まえれば、このような“巧みな対抗手段”が太古の地球で一気に洗練されたとしても不思議ではありません。
さらに研究チームは、LUCAが嫌気(酸素がない)条件下でもエネルギーを生み出せる数々の代謝経路を持っていた点に注目しており、深海や高温といった極限に近い環境でも十分に活動できた可能性を示唆しています。
パンスペルミア説か、それとも想像を超えたスピード進化か。
どちらのシナリオをとっても、わずか数億年の間に多様な生命現象を作り上げてしまったLUCAとその仲間たちは、私たちの生命観と地球史観を大きく揺るがす存在となりそうです。
多彩な遺伝子や免疫機能をもって「ウイルスとの攻防」に励んだ痕跡は、地球生命がいかにしたたかに環境へ適応し、驚くほど早い段階で高度な社会を形成しうる力を秘めていたかを物語っています。
現代に生きる私たちが、いま利用しているバイオテクノロジーの根幹が、実ははるか昔の深い歴史に結びついていると思うと、地球上での生命のドラマはますます魅力を増して感じられるのではないでしょうか。