“記憶のハーブ”は本物か? 最新科学が示すローズマリーの潜在力

この研究では、アルツハイマー病を引き起こす遺伝子を持つ「5xFADマウス」と呼ばれる特別なマウスが使われました。
これらのマウスは、ヒトのアルツハイマー病に似た症状として脳内にアミロイドβやリン酸化タウ(pTau)が溜まり、記憶力や学習能力に問題を抱えるようになります。
研究チームは、このマウスに合成した「diAcCA(ダイアセチル化カルノシン酸)」を3か月間にわたって経口投与し、行動や脳の状態がどのように変化するかを詳しく調べました。
まずユニークだったのは、単に薬を飲ませるだけでなく、「モリス水迷路」と呼ばれるテストを使って記憶と学習能力を客観的に測定した点です。
これは水の張った円形のプールで、マウスが隠された足場を探し当てるまでにかかる時間を調べる実験で、記憶機能が低下している場合は足場の位置を覚えられず何度も迷ってしまいます。
さらに別の「恐怖条件付けテスト」なども組み合わせ、どのくらい覚えていられるかを多角的に観察しました。
これらの行動テストに加えて、脳組織を顕微鏡で詳しく調べ、アミロイドβやリン酸化タウなどの有害なタンパク質の蓄積や、ニューロン同士の結びつきを示す「シナプス」の密度を測定しました。
その結果、diAcCA を投与したマウスでは、アミロイドβとリン酸化タウの蓄積が明らかに減少し、シナプスの数が増え、学習や記憶のテストでも有意な改善が見られたのです。
ローズマリーを直接摂取してもアルツハイマー病には対抗できない
論文などの最新の研究では、ローズマリーに含まれるカルノシン酸が抗酸化や抗炎症作用を持つことが示されていますが、純粋なカルノシン酸は非常に不安定で、体内で容易に酸化されてしまうという課題があります。このため、従来のローズマリーの直接摂取では、十分な量の活性成分が脳に届かず、アルツハイマー病の改善には不十分であることが明らかになっています。ですが今回の研究ではカルノシン酸を安定化したプロドラッグ「diAcCA」を開発し、胃内でCAに変換された後に十分な量が血流を通じて脳に届けられる仕組みを実証しました。この研究結果から、アルツハイマー病の治療においては、単にローズマリーを摂取するのではなく、こうした安定化された化合物を利用するアプローチがより有望であると考えられています。
さらに注目すべきなのは、炎症を引き起こす細胞の活性化が抑えられていたことでした。
脳内の問題を引き起こしている「炎症」の部分だけでdiAcCAが効率よく作用し、正常な組織にはあまり影響を与えないという選択性の高さが確認されたのです。
従来のカルノシン酸をそのまま飲むよりも約20%多くのカルノシン酸が血液中に残ることも示され、「diAcCA は、体内で必要な場所に届く前に酸化されてしまう」という弱点を克服できることがわかりました。
毒性試験では胃や食道の炎症が軽減されるなど、安全性が高いだけでなくむしろ有益な効果も示されたといいます。
この研究の革新的な点は、ローズマリー由来のカルノシン酸を単に安定化しただけでなく、「炎症が強い部位だけで薬が活動を強める」というプロドラッグ設計を実証し、脳内のシナプス回復と炎症抑制を同時に実現したからです。
アルツハイマー病治療薬は、アミロイドβを除去する抗体医薬などが注目を浴びてきましたが、副作用リスクや炎症対応などの課題も依然として残ります。
今回のdiAcCAの成果は、そうした課題を克服しうる新しいアプローチとして、大きなインパクトを与えると考えられます。