なぜ人間の血が蚊の“毒”になるのか?意外な蚊の弱点

蚊のメスは産卵に必要なたんぱく質を得るため、哺乳類や人間の血液を吸います。
ところが、血液中のたんぱく質を消化する過程で、チロシンというアミノ酸が大量に生じます。
このチロシン、実は毒にもなる物質なのです。
チロシンは体内で適切に代謝・分解されないと、有毒な副産物が蓄積し、細胞を損傷し始めます。 つまり蚊にとってチロシンの処理は「生きるための最重要任務」なのです。
そのチロシンの分解経路の中心にあるのがHPPD(4-ヒドロキシフェニルピルビン酸ジオキシゲナーゼ)という酵素で、ここをブロックすれば蚊はチロシン中毒を起こして死にます。
この弱点に作用するのが、今回注目された薬「ニチシノン(Nitisinone)」。
もともとこれは、チロシン代謝異常症という遺伝性の希少病の治療に使われています。
チロシン代謝異常症の一種「アルカプトン尿症」では、体内でチロシンが正常に分解されず、関節や臓器に毒性物質が蓄積して痛みや機能障害を引き起こします。
その治療のためにHPPD酵素を阻害し、チロシンの流れを抑える薬がニチシノンであり、FDA(アメリカ食品医薬品局)にも承認されています。
研究では、ニチシノンを服用した人の血液を吸わせた蚊(アノフェレス・ガンビエ)が、驚くほどの割合で死亡することが確認されました。
蚊の年齢に関係なく、さらに既存の殺虫剤に耐性を持つ蚊ですら効果があったのです。
さらに、わずか2mgという低用量を服用していたアルカプトン尿症の患者の血液でも、同様の致死効果が観察されました。
これは非常に大きな意味を持ちます。なぜなら、日常的な服薬レベルでも蚊の生命を脅かせるということは、実用化へのハードルが格段に低くなるからです。