「1細胞多ルール」がAIのニューラルネットも進化させる

今回の発見が示す最大のメッセージは、私たちが「脳は単純なルールだけで学ぶ」と思い込んでいたのが、必ずしも正しくなかったということです。
一本のニューロンの中でも、先端の“営業部”ではチームワーク重視、根元の“経理部”では発火タイミングを厳格に評価する――こうした部門制企業のような構造があり、それが脳の学習を支えているのではないかという新しい視点が生まれました。
さらに重要なのは、この仕組みが長年の謎だった「クレジット割り当て問題」を上手に処理している可能性がある点です。
上から指示や評価をしなくても、ニューロンが枝(部署)ごとにルールを切り替えることで、それぞれがうまく報酬を配分できるのかもしれません。
この考え方をAIに応用すると、ニューラルネットの1つのノードに複数の学習則を組み込むという斬新な設計が期待されます。
現在の人工知能は層ごとに共通ルールで学習を進めることが多いですが、脳のように“1つの細胞が複数のルールを同時運用”する形にすれば、より柔軟かつ安定した学習が可能になるかもしれません。
実際、研究者の間では「AI は 1 層 1 ルール、脳は 1 セル複数ルール」というフレーズがささやかれています。
医療面でも、PTSD やアルツハイマー病、あるいは自閉スペクトラム症のように「学習・記憶の障害」がみられる疾患に対し、どの樹状区画のルールがうまく機能していないのかを狙い撃ちする新たな治療法が考えられるかもしれません。
協調型が過剰に働けば余計な連想が広がり、自己評価型が弱まれば行動の定着が難しくなる――そんな仮説を具体的に検証できる日が来そうです。
もちろん、今回調べられたのはマウスの運動皮質だけであり、感情を司る前頭前皮質や記憶の要である海馬でも同様の複数ルールが働くのかは未検証です。
また、ヒトの樹状突起はマウスよりさらに複雑な可能性が高く、複数ルールの数や組み合わせも増えるかもしれません。
それでも、ニューロンの中に複数の学習エンジンが並列で動いているという新しい地図は、神経科学・医学・AI 研究それぞれに次の目的地を示してくれました。
私たちが作る人工システムや治療法も、単一の決まり文句に頼らず、多言語的・多ルール的な設計へ進化していく時期が来ているのかもしれません。