拡大自殺を心理学的に考えた場合

拡大自殺に至るまでの典型的な心理社会的背景をまとめると、まず長期間にわたる欲求不満や社会的孤立、人生の挫折体験(失職、破産、離別など)による深い絶望があります。
拡大自殺を図る人々は決まって「自分の人生はもう終わりだ」「何もかも嫌になった」という強い自殺願望を抱えています。
実際、そうした事件の犯人の多くが事前に繰り返し自殺を試みていたり、自殺したい旨を周囲に漏らしていたことが報告されています。
では、そこでなぜ「一人で」自殺せず「他人を道連れに」してしまうのか。
その分岐点には復讐心の強さが大きく関与すると指摘されています。
元来、自殺願望というのは心理学的に見ると「他人への攻撃衝動が自分自身に反転したもの」だと言われます。
何らかの形で他者(いじめ加害者や社会そのもの)に怒りや恨みを抱えていても、それを直接ぶつけることができない無力感ゆえに矛先が自分に向かい、「自分が消えるしかない」という思いになる――これが通常の自殺の裏に潜むメカニズムの一つです。
ところが、絶望から生じた自殺願望の矛先がもう一度反転して外部の他者に再度向け直されることも起こり得ます。
こうして「道連れに他人も殺してやる」という発想に至ったとき、拡大自殺のシナリオが現実味を帯びてしまうのです。
その際、「自分だけ不幸なまま死ぬのは嫌だ」「一人で死んでたまるか」という強い怨念や、「どうせ死ぬなら少しでもやり返したい」という復讐心がエスカレートしているほど、実際に他者への無差別な攻撃行動に踏み切りやすくなるといいます。
もちろん、拡大自殺に至る要因はケースによって様々であり、精神疾患(妄想や統合失調症状など)の関与が指摘される例もあります。
しかし全体として見ると、「強い孤立感・喪失感による絶望」と「外部への攻撃的な責任転嫁」が重なった状況が共通して見られます。
専門家も「欲求不満が強く孤独な人ほど『自分の不幸は他人のせいだ』と他責的な思考に陥り、社会への復讐願望を募らせやすい」と指摘しています。
まさに、絶望(自殺念慮)と怒り(攻撃念慮)が結びついたとき、拡大自殺という最悪の形で噴出しやすいということです。
ではここからは視点を変えて、進化生物学・進化心理学の観点から拡大自殺を考えてみましょう。
人間の心の働きは進化の歴史の中で形成されてきました。
したがって、一見非合理に見える行動でも、進化的な文脈で「それがなぜ生じ得るか」を検討すると意外な論理が見えてきます。
以下に、拡大自殺やそのベースとなる自殺という現象について進化論の立場から分析したいと思います。
進化と自殺、そして拡大自殺はいったいどのように関係しているのでしょうか?