「拡大自殺」の非合理と合理――追い詰められた人の理論とは?
「拡大自殺」の非合理と合理――追い詰められた人の理論とは? / Credit:clip studio . 川勝康弘
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「拡大自殺」の非合理と合理――追い詰められた「無敵の人」理論とは? (4/4)

2025.04.22 17:00:34 Tuesday

前ページ進化の観点から拡大自殺を考える

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非合理な行動に潜む“合理性”をどう見るか

非合理な行動に潜む“合理性”をどう見るか
非合理な行動に潜む“合理性”をどう見るか / Credit:clip studio . 川勝康弘

拡大自殺という現象を、進化生物学・進化心理学の視点から考察してきました。

そこから浮かび上がるのは、一見まったく理解不能なこの行為にも、人間の心理メカニズムが極限状態で暴走した結果としての“理由”が存在するということです。

まとめると、拡大自殺には以下のような進化的要因が絡んでいる可能性があります。

  • 包括適応度の論理の暴走:自分の生存価値をマイナスと見なすことで、「死んだ方がマシ」と感じてしまう(利他的自殺の誤作動)。
  • 援助要請シグナルの最終形:生存を賭けた深刻なSOSとして、自死と他殺をもって周囲に訴えようとする(※本人の主観的には)。
  • 性的嫉妬・所有欲の極致:進化的に形成された男性の嫉妬心・攻撃性が制御を失い、愛する対象を道連れに破壊する。
  • 男性特有のリスク志向:競争に敗れた若い男性に見られる「名誉か死か」の心理が、無差別な他者への攻撃と自己破滅へ向かわせる。
  • 社会的孤立による絶望:集団から切り離され「無敵の人」と化した結果、生存本能が失われ、破壊衝動のみが肥大化する。

もちろん、これらは決して拡大自殺を正当化したり美化したりするものではありません。

進化論的に「理由」があるからといって、それが現代社会で容認されるわけでは全くありません。

しかし、こうした視点は私たちに人間行動の裏にある深層心理を理解する手がかりを与えてくれます。

拡大自殺は極度に病的・反社会的な振る舞いですが、その背景には本来は集団や家族の中で有益に働いていたかもしれない心理メカニズム(自己犠牲や警報シグナル、嫉妬による配偶者防衛など)が絡み合っている可能性があるのです。

それらが現代の複雑な社会環境や個人の抱えるストレス要因と相互作用し、悲劇的な“誤作動”を起こした結果が拡大自殺だとすれば、我々は二重の意味で警鐘を鳴らす必要があるでしょう。

一つは、進化的に組み込まれた心の偏りに対する警鐘です。

私たちの心は万能でも完璧でもなく、時に論理に反した行動をとらせます。しかしそれもまた進化の産物であり、「なぜそんな馬鹿なことを」と切り捨てるだけでは再発防止にはつながりません。

人間の非合理な行動にも一筋の“理由”が潜んでいると理解することで、初めて適切な予防策や心のケアが見えてくることもあります。

もう一つは、現代社会のあり方への警鐘です。進化のレンズを通して見ると、孤立無援で絶望する個人が生まれること自体が人間本来の環境から大きく逸脱しています。

「無敵の人」を生まない社会とは何かを考えるとき、それはすなわち誰もが所属感と自己価値を感じられる社会であると言い換えられるでしょう。

人が究極の破滅行動に走る前に、周囲が手を差し伸べることのできる余地を作る――それこそが進化的視点から見た拡大自殺の教訓ではないでしょうか。

拡大自殺という極端な現象を前にしたとき、人はとかく「理解不能だ」と思考停止しがちです。

しかし本稿で見てきたように、進化という文脈で捉え直せば、その背後に人間の心の働きとしてある種の“合理性”が浮かび上がってきます。

それは非常に皮肉で悲しい合理性ですが、目を背けずに理解することが、同じ悲劇を繰り返させないための第一歩になるかもしれません。

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「拡大自殺」の非合理と合理――追い詰められた「無敵の人」理論とは? (4/4)のコメント

ゲスト

個人主義が極端化した一例。

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