見られるだけで脳が即フル稼働

監視はヒトをどう変えてしまうのか?
謎を解明するため研究チームは、54名の被験者を「監視あり」グループと「監視なし」グループに分け、その知覚能力を比べる実験を行いました。
監視ありグループの被験者には実験前に自分たちのいる実験室の様子が隣室のモニターにライブ中継されるのを見せ、部屋の中の複数のカメラが自分を映していることを強調しました。
一方、監視なしグループではそうした演出は行わず、被験者は通常通り実験に臨みます。
両グループの被験者には共通して、コンピュータ画面に現れる「顔」をできるだけ早く見つけ出す課題が与えられました。
この課題には、人間の顔に対する脳の反応速度を測る工夫が凝らされています。
被験者は特殊なめがねをかけ、左右それぞれの目に別々の映像が映し出されました。
一方の目にはカラフルで目を引く画像(いわゆる「モンドリアン模様」)が高速で点滅し、もう一方の目には人間の顔写真がごく薄暗く表示されます。
このように派手な画像で注意を逸らすことで、反対の目に映った顔を一時的に意識から隠すのです。
徐々に顔写真のコントラストが上がり被験者に見えるようになってくると、ある瞬間にふっと人間の顔が知覚できるようになります。
被験者は「今、顔が見えた!」と思ったらすぐにボタンを押す決まりで、その反応時間から「顔が意識にのぼるまでにかかった時間」を測定しました。
言い換えれば、脳が無意識下でどれほど早く「そこに人の顔がある」と察知できたかを比較できるわけです。
では結果はどうだったのでしょうか。
シーモア氏によれば、監視カメラに見られていた被験者は、見られていなかった被験者よりも顔に気づくまでの時間が平均で約1秒も短縮したとのこと。
たった1秒と思うかもしれませんが、この種の無意識的な知覚過程において1秒の差は非常に大きな効果です。
実験では顔写真の中でもこちらを見つめる「正面を向いた視線」の顔と横を向いた「そらした視線」の顔を混ぜて提示しましたが、どちらの場合でも監視ありグループの検出速度向上が認められました。
さらに研究チームは、この結果が「監視されて緊張したから反応が速くなっただけ(社会的期待に応えようとしただけ)ではないか」という疑いも検証しました。
追加の対照実験として、全く同じ手順で人の顔ではない模様(ガボールパッチと呼ばれる中立的な縞模様)を見つける課題を行ったところ、監視あり・なしグループ間で反応時間に差は見られませんでした。
つまり、監視カメラに見られることで特に人の顔に対する感度が高まるのであって、何に対しても単に反応が速くなるわけではないことが分かったのです。
また被験者への事後アンケートでは、監視ありグループの人々も「監視のせいで自分の成績が変わったとは思わない」と答えており、主観的には影響に気付いていませんでした。
シーモア氏は「被験者自身は監視されていることにそれほど不安や意識を向けていないと報告しましたが、それにもかかわらず基本的な社会的情報処理にこれほど大きな変化が生じていたのです」と語っています。