カルト教団に潜入した心理学者の壮絶フィールドワーク

1953年、アメリカ・シカゴ郊外に「The Seekers(探索者たち)」というUFO信仰の小さな宗教団体が現れました。
その中心にいたのがドロシー・マーティン(Dorothy Martin:論文内では仮名マリアン・キーチと表記)、という女性です。
マーティンは平凡な主婦でしたが、当時流行していたオカルト思想に傾倒し、自分は宇宙の高次存在(クラリオン星の宇宙人)からテレパシー通信を受け取っていると信じるようになり、1954年12月21日に世界は大洪水で滅び、自分たち信者だけが迎えに来たUFOによって救われるという終末予言を打ち出したのです。
この異様な教団に関心を持ったのが心理学者のレオン・フェスティンガーです。
フェスティンガーは大きな失敗に直面したときの人間心理として、「人は自分が間違っていたと証明されたても、簡単に誤りを認めず、むしろ信念を強化する」という理論を考えていました。
ただ、この失敗を認めない心理のメカニズムを科学的に検証するためには、実際に信念と現実の巨大な矛盾に直面した人々の行動を観察する「ケーススタディ」を見つける必要がありました。
そのためThe Seekersは、彼にとって絶好の観察対象となったのです。
The Seekersの信者たちは、年末に世界が滅ぶという予言を信じ、仕事をやめ、財産を投げ売ってこの教団に参加していました。これは重大な人生選択の誤りです。
そのためフェスティンガーは、このカルト集団の「終末予言が外れたときに信者たちがどうするのか」を観察することで、自分の理論を証明しようと考えました。
普通に考えると、教団の唱える終末の予言が外れた場合、信者たちは騙されていたということに気づいて、教団から離反したり、反乱を起こすように思えます。
実際、そんな展開は漫画や映画では割と見かける場面です。
しかし、心理学者であるフェスティンガーは先にも述べた通り、自身の理論に従い「人は誤りが証明されても、それを認めることが出来ずに固執するだろう」という予測を立てていました。
そのため彼は一見非合理に思えるが、信者たちは予言が外れた場合、むしろ信仰心を強め、布教活動に熱心になるだろうと考えていたのです。
そしてこの観察のために、フェスティンガーたちは前例のない驚きの研究計画を実行に移しました。
なんとフェスティンガーの研究チームは、研究者を実際この教団に入信させ、内部から彼らを観察したのです。
そのため1人の研究者は「メキシコで老婆に出会い、啓示を受けた」というストーリーをでっちあげ、別の研究者は「夢の中で洪水から救われる予知夢を見た」と言ってThe Seekersにコンタクトを取りました。
こうして彼らはカルト集団への潜入を果たし、昼夜を問わず、信者たちの動きや発言、心理状態を詳細に記録したのです。
これは社会心理学の実地観察としては前例のないほど過酷かつ挑戦的なフィールドワークで、後の学問史に残る名研究となります。