数学と宇宙をつなぐ新・交差点

今回得られた高精度モデルは、観測データから微弱な散乱の重力波シグナルを確実に見いだす手がかりになるはずです。
さらに、本研究が予言するブラックホールのキック(反動)速度は天文学や宇宙論の領域でも重要な含意を持ちます。
散乱によってブラックホールが高速度で飛び去る場合、それが銀河中心からの放逐や銀河形成・進化への影響につながるかもしれないからです。
注目すべきは、カラビ・ヤウ多様体(複素3次元=実6次元)がブラックホール由来の重力波という観測可能な現象の解析に登場し、理論物理と純粋数学の新たな接点を示した点です。
「この発見によって、カラビ・ヤウ多様体の物理的な重要性を具体例で示せれば、自然界の現象を照らし出す新しい焦点を得られる」と、研究チームのグスタフ・ウーレ・ヤコブセン博士(マックスプランク重力物理学研究所/フンボルト大学)は語ります。
言い換えれば、今回の成果は長年仮説上の存在だったカラビ・ヤウ幾何が実際の物理において有効に機能する可能性を示すもので、理論と実験の橋渡しとして期待が高まるでしょう。
今回のブレークスルーは、量子場理論の散乱解析を一般相対論の難問に応用し、スーパーコンピューターを活用した大規模計算によって成し遂げられました。
主導したヤン・プレフカ教授(フンボルト大学)は「こうした学際的アプローチが、“原理的に不可能”とみなされていた壁を乗り越える好例になった」と述べています。
今後、研究チームはさらに高次の計算に挑み、得られた結果を次世代重力波観測のテンプレートへと組み込み、散乱重力波の検出を目指す計画です。
ブラックホール散乱に垣間見える弦理論の兆候は、まだ始まりに過ぎないのかもしれません。
宇宙最大級のブラックホール現象と究極理論としての弦理論との交差点で、新たな研究の地平が拓けようとしています。