陰謀論が「家族」に影響を与えている

Qアノンとは2017年に米国のインターネット上で生まれた陰謀論運動で、機密情報「Qクリアランス」にアクセスできるとする匿名人物「Q」が、悪魔崇拝の小児性愛集団に関する隠された「真実」を暴露しているというものです。
支持者たちはドナルド・トランプ氏が秘密裏にその闇の組織と戦っていると信じており、荒唐無稽な内容にもかかわらずこの陰謀論は瞬く間に拡散しました。
Qアノンは他の陰謀論に比べて「冗談レベルの噂」思う人が存在しますが、その勢いと信者たちの妄信ぶりはシャレで済まされない「本物」です。
Qアノンを信じる人々は本気でアメリカは悪魔崇拝者の支配を受けており、トランプ氏がそれに対抗する「光の戦士」であると思い込んでいるのです。
Qアノンとトランプ氏の関係をちょっと詳しく
Qアノンの世界観では、ドナルド・トランプ氏は「闇の勢力」とされる悪魔崇拝の小児性愛ネットワークや腐敗した政府高官、巨大メディアなどとたった一人で戦う“光の戦士”として描かれています。支持者たちは、トランプ氏が大統領時代から極秘に「ディープステート」を一掃する作戦を進めており、匿名投稿者 “Q” が投下する暗号めいたメッセージは、その戦いの進捗を示す合図だと信じています。彼らにとって、議会や司法の動きがどれほどトランプ氏に不利に見えても、それは光が闇を暴くために必要な布石であり、やがて来る「嵐」――大量逮捕と闇勢力の壊滅――の前兆にすぎません。この物語構造の中でトランプ氏は、聖書の救世主やファンタジーの勇者のような役割を与えられ、失敗やスキャンダルさえも「大いなる覚醒(Great Awakening)」へ導く試練と再解釈されるため、彼を疑うこと自体が“闇側”への加担とみなされるほど強固な信仰の対象になっているのです。
2022年までにアメリカ人の約3分の2がQアノンの存在を知り、5人に1人は身近に信奉者がいると答えるまでになったのです。
Qアノンの広がりとともに、多くの家庭が分断に苦しみました。
日本で言えば家族の誰かが特定の首相を「光の戦士」として信奉し、その思想に従って活動している状況に近いと言えるでしょう。
陰謀論を巡る家庭内対立はメディアでも度々取り上げられましたが、それを科学的に分析した研究はまだ少ないのが実情です。
陰謀論が個人に与える影響については多くの研究がありますが、親しい人間関係に与える影響は十分に解明されていませんでした。
そこで注目されたのが、前述のレディット(reddit)と呼ばれるアメリカの匿名掲示板の「Qアノンの犠牲者たち」というテーマのスレッドたちです。
レディットとは?
Reddit(レディット)は、世界中のユーザーが集まる巨大なWeb掲示板で、ざっくり言えば「英語圏版の2ちゃんねる/5ちゃんねる」をテーマ別に細かく区切ったものだと想像してください。2ちゃんねるではスレッドごとに話題が分かれますが、Redditでは「サブレディット」と呼ばれる“板”が無数にあり、ゲームやニュースから学術研究、ペットの写真まで好きな話題を選んで投稿やコメントができます。そして各投稿やコメントには賛否を示す投票ボタンがあり、2ちゃんねるの「レス番号順」ではなく、支持の多いものが上位に浮かび上がる仕組みになっている点が大きな違いです。つまり、2ちゃんねるの自由闊達な議論文化に「人気投票で表示順位が変わる機能」と「テーマごとに独立したコミュニティ」を足して、世界規模に拡張したものがRedditだと考えるとイメージしやすいでしょう。
ニュージーランドのワイカト大学に所属するジャスティン・B・フィリップス氏(法学・政治学・哲学のシニア講師)は、この掲示板に書き込まれた数万件のエピソードを機械学習(AI)で分析し、家族関係への影響を明らかにする研究を行いました。
氏は以前から授業で陰謀論の対人関係への影響を議論し、その中でこのコミュニティを家族への悪影響の実例として学生に紹介していたといいます。
「それならいっそこのテーマで論文を書こう」と思い立ったのが今回の研究の発端でした。